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第19話「僕は湯けむりの中で」

【12月29日月曜日23:00】 大きなヒノキ風呂は、とても気持ちがいい。 でも「課題」とやらで性的な接触が禁止されているうえに、キスもあと2回と制限されている。 不埒なことは期待できない。 風呂場は、天窓が少し開けられていて、程よい冷気が入ってくる。 そのせいで、もうもうと湯けむりが立ち込めていた。 理性を抑えるためには、湯気でシュウの裸が良く見えないことは、むしろありがたい。 僕らは二人、背中合わせで湯舟に浸かり、リラックスした時を過ごす。 — 「10年前、キヨから私を引き離し、黒い車で連れ去ったのは、私の父の部下です」 シュウが打ち明けてくれる声が、風呂場の中に反響し少しエコーがかかる。 「そうだったの?」 「私は父の妾の子でした。それでも長男というだけで、本家にもらわれ、母と離れて暮らしていたのです。屋敷での立場はよくはなく、随分と寂しい思いもしました」 僕が顔を歪めると、フォローするように言ってくれる。 「でもその分、読書を楽しむ時間を得られたことは、今となってはよかったですよ」 「国語の先生だもんね」 「えぇ。私が中学生のとき、父の正妻に息子が生まれました。ゆえに私は自由の身となったのです。家を継ぐ必要がなくなって、ホッとしたことを覚えています」 どう相槌を打っていいのか、わからない。 「私は幼い頃から知っていました。家の不動産業が政治との癒着まみれで、代議士の汚職にも加担していることを。裏社会との密接な繋がりもありました」 「僕の実家のような人たちとも?」 「えぇ」 裏と表は密接に繋がっていると、大人になった僕には分かる。 「私は、高校までは本家で暮らすことを強いられましたが、卒業とともに家を出ました。苗字も母親のものを名乗り、縁もゆかりもない土地で教師になる未来を選んだのです」 「そっか」 「しかし、義弟が大きくなる前に、父の健康不安が持ち上がりました」 身体は充分に温まり、僕らはヒノキ風呂の縁に座り、話を続ける。 「戻ってこいって言われたの?」 「はい。でも、断りましたよ。教師というものに、やりがいを感じていましたから」 「シュウの現国の授業、好きだったもん」 「フフ。よくそんなことが言えますね。授業中、寝ていたくせに」 シュウは急に先生の顔になったけれど、すぐまた経営者の表情に戻る。 「断り続ける私を、父の部下が無理やり車に押し込み、連れ戻そうとしました。どうしても自分の血縁者に跡を継がせたかったのでしょう」 「覚えてる……あの日のこと……。てっきり岩山の仕業だと思ってたけど」 「実をいえば、無関係ではありません……」 「どういうこと?」 「父のバックにいるのは、キヨのお父様の組とは対立関係にあるグループでした。彼らは火種を探していた」 「え?」 「父は「キヨが私をそそのかし、家に歯向かわせている」とありもしない話をでっち上げ、二つの組織を対立させようとしたのです」 「どうして」 「つまり、私が家に戻らなかったら、抗争に発展する。キヨのお父様の組を潰すことができるのだと、私を脅しました」 「そんな……」 「それが、嘘か本当か見極めることも出来ぬほど、一教師でしかない私は無力でした。だから、力を手に入れてやろうと、父の跡を継ぐ覚悟を決めたのです」 「それで、そのお父さんは?」 「生命力が異常に強いのでしょう。病気は治癒し、元気を取り戻しました。義弟も成人し、今の私は、フェイジョアホテルのオーナーのみをしている気楽な立場なのですよ」 本当はそんな簡単な話じゃなかったことくらい、僕にも分かる。 シュウは必死に働いたはずだ。 妾の子と言われながら、清濁を飲み、巨大な不動産事業を守り抜いた。 「シュウ」 僕はうんと甘えた声で彼を呼ぶ。 事実はもっと違ったとしても、シュウは僕のために、強くなろうとしてくれたのだから。 ゆっくり唇を重ねれば、シュウは僕の後頭部に手を添え、引き寄せてくれる。 唇を離さなければ1回と数えるつもりなのだろう。 長い長いキスは、甘く甘く、僕の心に滲んでくる。 湯に浸かりすぎてのぼせたのか、キスに溺れたのか、意識が朦朧としてきた。 僕の異変に気づいたシュウが、唇を離してしまう。 「キヨ、大丈夫?水を飲みますか?」 「飲ませて、シュウ」 甘えたことを言う僕は抱き上げられ、脱衣所へと運ばれる。 そこで、冷たくて美味しい水を口移しで飲ませてもらう。 堅物なシュウは、それも1回と数え、5回のキスは終わってしまった……。

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