29 / 55
第24話「僕がもらった言葉」
【12月31日水曜日05:00】
暗い部屋で目が覚めると、僕はまだシュウの腕に包まれていた。
一晩中ハグされていたのだろう。
その腕を解くことは、とても勿体ないけれど、仕方がない。
ゆっくりと、シュウの腕を持ち上げ抜け出そうとする。
しかし、眠っているシュウは、無意識に僕を抱き寄せ、その動きを封じ込める。
そんな仕草に「幸い」を感じながらも、僕はまた腕の間から抜け出そうと試みる。
「キヨ……」
小さな声で、寝言のように名を呼ばれた。
満たされた気持ちが、僕のやる気を強固にする。
—
なんとか甘い誘惑に打ち勝ち、作業場へ移動する。
新しい椅子のイメージは明確に掴めた。
あとはとにかく手を動かすのみだ。
鉋(かんな)や刃物でマホガニーのキングチェアを削る。
その度に微かに甘い木の匂いが漂い、美しいリボン杢が現れるのだ。
見惚れるほどの素材を、活かすも殺すも、ここからは僕の集中力にかかっていた。
夢中になると、周りの音が何も聴こえなくなる。
だから、すぐ傍に置かれたベンチチェアに、シュウが座っていることに気がついたのは、彼がやってきて少し経ってからのことだった。
「シュウ……」
「おはよう。ごめんね、邪魔したかな」
「ううん。大丈夫。おはよう、早起きだね」
僕は刃物を置き、大きく伸びをした。
シュウの隣に移動して座れば、マグカップに入ったコーヒーを差し出してくれる。
「少し冷めちゃったけど」
確かにだいぶぬるくなっていて、時間の経過を僕に知らせる。
それでも、香り高く、酸味の少ないコーヒーで美味しかった。
「忙しいところ申し訳ないんだけど、忘れていたことが1つあるのです」
シュウのマグカップは、もう空になっていた。
ずっと僕の作業する姿を、見守ってくれていたのだろう。
「昨日の9時に送られてきた鳥籠からの課題だけど、私の我が儘をまだ言っていなかったよ」
「そうだ!僕の我が儘を聞いてもらっただけだったね。なになに、シュウの我が儘、なんでもいいよ!」
「キヨ。1月4日の授賞式が終わっても、ずっと私の傍にいてほしい。この工房を自由に使って、フェイジョアホテルを彩る椅子を作り続けてほしい。つまり……、専属の椅子デザイナーになってくれませんか」
シュウは、一世一代の我が儘を告げるかのように、真剣な顔をしていた。
まるでプロポーズみたいだ、と思ったけれど、口には出せなかった。
ただ、コクコクと頭を縦に振って、思わず滲んでしまった涙を木屑のついた手で拭う。
「だけどさ、どうしてこんなタイミングで言うの?シュウ」
「え?」
「鳥籠のせいで、キスも、ハグもできない。僕のこの気持ちを表現する術がないよ!あぁ、もう」
僕は立ち上がって、作業途中の椅子の前へ戻る。
「今は、この温かな気持ちを、この椅子に込めることしかできない」
そう告げた僕は、再び、音が消えたような集中の世界へと入っていった。
—
9時少し前に、今度はソラが僕を呼びに来た。
彼はシュウとは違って、目の前で大きな声を出し、身振り手振りで現実へと僕を引き戻してくれる。
「おーい、キヨチカさーん、朝食ですよー!今日は、マフィンを焼きましたよー」
手を止めると、急に空腹を感じる。
そろそろ次の課題も出る頃だ……。
ともだちにシェアしよう!

