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第32話「僕は急に怖くなる」
【1月2日金曜日07:30】
窓の外には雪がチラついていた。
予報では、このあと酷く降るらしい。
作業場は冷え込んでいて、暖房器具をつけても、なかなか暖まらない。
今朝は僕より先に、シュウが目を覚ました。
というか7時頃、彼のスマホが鳴り、眠たそうな声でそれに対応していた。
「長谷川がそこに居てくれて、助かりました。……えぇ、はい。……そうですね。また連絡をください。……頼みます。魚住様の奥方には、私からも電話を入れておきます」
どうやら秘書の長谷川さんからの電話で、フェイジョアホテルの常連客に何かあったらしい。
「大丈夫?」
電話が終わったシュウにそう尋ねる。
「起こしてしまいましたね。大丈夫ですよ」
僕に心配かけまいと微笑んでくれた。
「朝ご飯は、焼いた餅に海苔を巻いて、作業場へ持って行ってあげますね」
シュウはまだ、対応しなければならないことがあるのだろう。
僕はそう察し、作業場へ移動してきたのだ。
—
椅子にヤスリがけをしながら、僕は試験について考えていた。
明日1月3日の夜、フクロウさんからシュウへ電話が掛かってくる。
『文鳥を鳥籠に返しますか?それとも貴方の籠に入れますか?それとも外へ放ちますか?』
答えは三択。
大晦日に岩山が教えてくれた話によれば、『外へ放つ』のみが正解。
シュウは僕をそばに置きたいと、言ってくれた。
つまり彼は『籠に入れる』を選ぶ可能性が高い。
僕がこっそり、答えは『外へ放つ』だよとシュウに教えることも、不可能ではないだろう。
けれど、そんなカンニングみたいなことが許されるかは、分からない。
少なくともシュウは、そういうズルを嫌悪するだろう。
やはり、シュウには自分の気持ちを正直に話してみよう。
僕はシュウのそばにいたい。
それは絶対だ……。
けれど、フェイジョアホテルの専属になるよりも、色々な顧客を持ってみたいのだ、と。
日本だけじゃなく、世界を見てみたいのだ、と。
そしたらシュウは、分かってくれるはずだから。
そんな風に前向きに考えてみても、実は怖い気持ちは拭えず、膨らむばかりだった。
ここ数日、とくに昨日のコタツで、たくさんの「幸い」を味わってしまったから。
万が一にもこの「幸い」を失ったらどうしようと考えると、怖くて怖くて仕方ない。
10年前、シュウを失った絶望が蘇ってしまう。
僕はこんなにも弱い人間だったのだろうか?
—
9時少し前。
シュウが焼きたての磯辺焼きを運んできてくれた。
「あのね、シュウ……」
僕が餅を飲み込み、喋り始めたタイミングで、スマホがピコンと着信を知らせる。
最後の課題が届いたのだ。
『文鳥のための鳥籠卒業課題その5。只今から24時間のうちの連続した12時間を、顔も見えず声も聞こえない離れた場所で過ごすこと。以上』
「これはまた、予想もしなかった課題ですね。私はずっとキヨの近くにいたいのに。とりあえず、夜、眠っている時間を12時間に含めましょうか」
「あのね、シュウ……」
今度こそと喋り始めると、また、シュウのスマホが鳴った。
「はい。どうなりました?……えぇ、はい。……分かりました。今から行きます。……道も混んでないでしょう。はい、では二時間後に」
僕はスマホを耳に当てるシュウを、見つめてしまった。
「キヨ、申し訳ない。私は一旦ホテルに戻ります。22時には帰ってきます。そしたらちょうど12時間が経過し、課題がクリアできています。夜はゆっくり過ごしましょう」
僕はシュウが出掛けてしまうという話に、途轍もない寂しさを覚えた。
彼は仕事に行くだけなのに。
置いて行かれる子どもみたいな気持ちに、なっている。
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