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第34話「僕は思い出に浸る」
【1月2日金曜日20:00】
大粒の雪は、止む気配なく降り続いていた。
今のところ、シュウからの電話はない。
おそらく鳥籠の課題に配慮しているのだろう。
だとしたら、こちらから連絡することも躊躇われ、僕は孤独感と闘っている。
夕食には、冷凍庫にあったシチューとパンを温めて食べた。
美味しかったけれど、どこか味気ない……。
食事が終われば他にすることはなくなり、また作業場に戻る。
僕は仕上げの、最も細かいヤスリをかけながら、10年前のことを思い出していた。
—
国語の教師だったシュウには、高校2年の時、現代国語を教わっていた。
あの頃のシュウは25歳と、今の僕よりも若い。
教師になって3年目の若手だったから、担任は持っていなかった。
それゆえ学年主任に、便利にこき使われていたのだろう。
その頃の僕は、毎晩夜遅くまで一人、ファミレスでゲームをしていた。
ある日、そんな僕の元へ、シュウがやってきた。
「ここ、いいですか?」
そう言って、目の前に座った。
この人は誰なのか?
どこかで見た気がするけれど、いまいちピンとこない。
「そんなに印象に残ってませんか?今日も三限目、私の授業だったでしょう?」
そう言われてようやく教壇に立つ姿と、結びつく。
先生は、メニューを開き「和風ハンバーグセット」を注文する。
「君は?」
さっき、ポテトとパフェを食べたけれど、この先生に付き合ってやってもいい。
気まぐれにそう思った。
「チーズハンバーグセット」
程なくして、ジュージューと音を立て、ハンバーグが運ばれてきた。
僕はナイフでハンバーグを切り分け、口へ運ぶ。
もぐもぐと咀嚼し、ゴクリと飲み込む。
「美味しいですか?」
「え?先生、これ欲しいの?」
「いえ、私には和風ハンバーグがありますから」
「ふーん」
「で、どうです?美味しいですか?」
「は?美味しいけど……」
「そう。それはよかったです」
「先生が作ったわけでもないのに?」
「えぇ、自分の目の前の人が、美味しいもの食べれていたら、嬉しいじゃないですか」
なんてことのない、会話だ。
でも僕にはこれが、誰かに「美味しい?」と訊いてもらった初体験だった。
父はもちろん、岩山もそんなことを訊いてはこない。
「美味しい」という気持ちを誰かと共有する楽しみを、先生は僕に教えてくれた。
それからも、おそらくは学年主任の指示で、先生は僕の居座るファミレスへ、頻繁に顔を出した。
学年主任は、先生に何かを期待していたわけでは、なかったはずだ。
ただ、僕という立場上扱いにくい生徒にも、何らかの指導をしてるんだというポーズが、ほしかっただけ。
でも先生は、僕の寂しさを感じ取り、僕に居場所を与えようとしてくれた。
広くはない自分のアパートへの出入りを許し、僕に色々な感情を教えてくれた。
僕は先生に懐き、べったりと甘えた。
先生にとっても、そうやって他人が懐に入ってくるのは、初めての経験だったのだろう。
より僕を可愛がってくれるようになった。
挙句、僕は先生を好きになり、性的な目で彼のことを見るようになる。
おそらく先生は、そんな僕の目線に気がつき、葛藤ののち、意識してくれるようになったのだ。
—
もしも、あのとき。
先生が僕に「美味しいですか?」と聞いてくれなかったら……。
今頃、もっと違う人生を送っていたかもしれない。
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