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第38話「僕はシュウと話をする」
【1月3日土曜日14:30】
柳田さんも、岩山も慌ただしく帰っていった。
岩山は、組の用事でどこかへ挨拶回りに行く途中だったらしい。
ヤクザの正月は多忙なのだ。
僕は椅子に下地剤を塗り始めた。
今は一層目が乾くまで、シュウと暖炉の前の椅子に座っている。
「私が先に話をしてもいいですか?」
シュウの言葉に、コクリと頷く。
「フェイジョアホテルで具合を悪くされたVIPのお客様ですが、胃腸炎でした」
「退院したの?」
「えぇ。感染源もわかりました。ホテルの食事ではなく、昼間に遊びに来ていたお孫さんだったそうです」
「そう。分かってよかったね」
「お客様は、魚住様という方ですが、大変恐縮されて。正月からホテルに迷惑をかけたと、落ち込んでおられました」
「いい人なんだね」
「はい。私は魚住様に元気を出していただきたくて、1月4日のフェイジョア・ウッドチェア・アワードの話をしました。魚住様は、毎年の授賞式をご覧になっているので」
「そうなんだ」
「受賞作品のことはまだ話題にできませんから「今年はエントランスに、とびきり良い椅子を展示します」とお伝えし、先日私が撮影した写真を見せました」
「華道家の柳田さんへ送った写真だね」
「はい。それを見た魚住様はなんて言ったと思います?」
「え、なに?」
僕は急に問いかけられ、戸惑う。
「この椅子は、カラテア工房の作品じゃないですかって……」
暖炉の中の薪が、パチッと音を立てて爆ぜた。
「……魚住。もしかして、あのじいさんか!」
「カラテア工房にいいデザインをする若い職人がいて、何度か指名して作ってもらったことがあると」
「うんうん。魚住のじいさんちのダイニングチェア作ったよ、僕が」
「私は嬉しくなって、魚住様に自慢しました。今年から彼をフェイジョアの専属にしようも思っています、と」
「……」
「怒られてしまいました。これからまだまだ伸びる才能を閉じ込めてはいけない。独り占めしてはいけない、と」
「魚住のじいさんが……」
「それだけではありません。つい先ほど、秘書の長谷川からメッセージが届きました」
「なんだって?」
「岩山氏から椅子の写真を送ってもらった、と」
「長谷川さんと岩山、いつの間にメッセージのやり取りをするようになったんだ……」
「意外な組み合わせですよね。それで、写真を見た長谷川にも厳しく諭されました」
「え、なんで?」
「授賞式で、エントランスに飾る椅子の作者としてキヨを紹介するのはいいが、専属にしたいなどと、傲慢なことは言わないように、と釘を刺されました」
「それって……」
「長谷川は、私のそばでたくさんの椅子を見てきましたから目が肥えています。キヨの可能性を感じ取ったのでしょう」
「可能性……」
「どうやら私は酷い思い違いをしていたようです。キヨはまだまだ伸びていく。羽ばたこうとしている。それに気が付きました」
シュウの腕が伸びてきて、僕の手を掴む。
「10年ぶりで会えた嬉しさのあまり、大切なことが見えなくなっていたのです」
「シュウ……」
「キヨからの話は?」
「僕は……。シュウが用意してくれた作業場は、とても使い勝手がいい。だから、ここを僕の工房にさせてもらいたい」
「そう、よかった」
シュウが美しく微笑む。
「でも、図々しい話だけど、僕はもっと色々なことに挑戦してみたい。フェイジョアだけじゃなく、多岐にわたる顧客を持ってみたい」
「はい。誰よりも、応援していますよ」
シュウは椅子から立ち上がり、僕を抱きしめる。そして、恭しくキスをしてくれた。
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