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第39話「僕は鳥籠を卒業する」
【1月3日土曜日20:50】
僕は作業場にいて、まだワックスを塗っている。
隅々まで丁寧に、均一に。
シュウは椅子に座って、それをただ眺めていた。
「見てるだけで、退屈しない?シュウ」
「全く飽きません。ずっと見ていたいくらいです」
そんなシュウの気持ちは、僕には理解できない。
でも、彼の言葉に嘘がないことは、よく分かった。
21時。
シュウのスマホが鳴った。
「フクロウからです」
そう僕に告げ、スピーカーにして電話に出る。
『課題はいかがでしたか?』
淡々とした冷静な声が問うてくる。
「おかげさまで、色々と考える機会をいただきました」
『そうですか。それはよかった。では、早速ですが、卒業試験となります』
「お願いします」
『三択問題に成功した場合、その文鳥は二度と鳥籠に戻れません。また失敗した場合、カラスには文鳥との接触を絶っていただきます』
「承知しました」
『では』
僕は立ち上がり、シュウの背中に張り付いた。
シュウの鼓動が聞こえてくる。
『文鳥を鳥籠に返しますか?それとも貴方の籠に入れますか?それとも外へ放ちますか?』
シュウはすぐには答えない。
無言の時間が、長く、長く感じる。
「シュウ?」
堪らず声をかける。
大丈夫、というように、彼はコクリと頷く。
「文鳥を外へ放ちます」
『ご名答』
「よしっ」
僕はガッツポーズをする。
『私はこの文鳥の飄々としたところを好ましく思っていましたから、卒業は残念です。しかし、嬉しくも思います』
「ありがとうございました」
『近くに、文鳥がいますね?変わっていただけますか?』
「キヨ」
僕はスマホを受け取る。
「もしもし。キヨチカです」
『近々、卒業記念品を渡しに行きます。お楽しみに』
電話を切られてしまいそうな雰囲気だったから、慌てて話しかける。
「ねぇ、フクロウさん。結局、卒業試験ってなんだったの?
『先々代のフクロウから引き継がれているものですから、私としては儀式としておこなっているだけです』
「儀式……」
『個人的には、可愛い文鳥を、カラスへ嫁にやる心境です。中途半端なカラスのところに、愛おしい文鳥をくれてやるものか、と父親的な立場といえば、いいのでしょうか』
「そっか。フクロウさん、今までありがとね。僕のどうしようもない虚無感みたいなものは、鳥籠のお陰で、随分と紛らわせることができていたよ。所属させてもらえたからこそ、僕は大きく道を外さなかった」
『そうですか。それはようございました』
「今まで、お世話になりました」
僕は見えない相手に深々とお辞儀をする。
シュウも同じように頭を下げていた。
そうして、フクロウとの通話は終わった。
—
「キヨ。なんというか、今夜は一緒に眠りたい気分なのですが、君はそれどころじゃないのでしょうか?」
「そうだね。僕はまだ、あと何回かワックスをかけるよ」
「では、ベッドで夜が明けるまで待っていても無駄ですか?」
「だね」
「結婚初夜の気分なのに残念です」
「え?」
「いや、なんでもありませんよ。明日の夜を楽しみにしておきます」
シュウは「コーヒーでも淹れてきます」と、僕に背を向ける。
「シュウ!」
「ん?」
振り返ったシュウの唇に、ぶつかるように唇を重ねる。
一瞬驚いた顔をしたシュウは、すぐに状況を把握し、僕の頬に綺麗な手を添えてくれた。
僕はシュウの愛を味わおうと、遠慮なく舌を絡める。
彼はちゃんとそれに応えてくれた。
僕の口内を舐め、僕を翻弄し、僕の腰を支えてくれる。
僕の息は上がってゆき、縋るようにシュウにしがみついてしまう。
長い長い、濃厚で、とろけるように甘いキスだった。
「あ、ありがとね、シュウ」
僕の声は欲望を滲ませ、掠れている。
「こちらこそ、キヨ……」
シュウの声も、熱い吐息のようだ。
このまま作業場で、もっと先の行為へと進んでしまいたい。
そんな気分になっていた。
でも、今、最も大切なことは、明日の朝までに椅子を完成させること。
シュウはもう一度、「コーヒーでも淹れてきます」と僕に告げ、唇を長い指で拭った。
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