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第40話「僕を尋ねてきてくれる」
【1月3日土曜日23:00】
1時間前のことだった。
ソラが作業場へやってきた。
その時、シュウは僕に付き合って作業場にノートパソコンを持ち込み、仕事をしていた。
椅子の仕上げはもう最終コーナーで、手応えを感じる、静かで満ち足りた時間を過ごしていた。
「夜遅くにごめんなさい」
「どうしました?ソラ」
「あの……。明日は早いんですか?」
「そうですね。朝、美術品専門の運搬業者がやってきて、椅子を梱包し運び出してくれます。それを見届けたら、私たちも東京へと向かいます」
「あの、えーと」
何か言いにくそうに口籠もる。
「ソラ。遠慮せず、なんでも話してください」
「はい。実は、おばあちゃんが完成した椅子を見たいって言ってて……」
「あのめっちゃくちゃ美味しかったお汁粉を、作ってくれたおばあちゃん?」
僕はソラに確認する。
「そうです」
シュウは、ノートパソコンの前から立ち上がり、ソラの目の前まで移動した。
そして、ソラの目を見て話し掛ける。
「ソラ、ごめんなさい。私が気がつくべきでした。是非おばあ様に見ていただきたい。どうしたら、いいですか?」
「東京までは見に行けないって言ってて。だから、もし可能なら今から、連れてきてもいいですか?」
「おばあ様のお宅まではここから車で30分程でしたか。私たちは構いません。夜分に申し訳ないですが、明朝よりは、ゆっくり見ていただけるでしょうし……」
ソラの顔が明るくなる。
おばあちゃん子なのだろう。
「じゃ自分、迎えに行ってきます」
「よろしくお願いします」
僕は「ソラ、いい子だな」としか思っていなかった。
シュウはノートパソコンを閉じ、作業場の床に散らばった削りかすを箒で掃いてくれる。
シュウも年寄りを敬ういい人だな、としか思っていなかった。
でもそういうことでは、なかった。
—
僕がイメージしているおばあちゃん像とは程遠い、白髪でモダンなご婦人がやってきた。
ただ、足が悪いようで杖をついている。
「明けましておめでとうございます。ヨシエさん。夜分遅くに申し訳ありません」
シュウはおばあちゃんを、親しげに下の名前で呼んだ。
「明けましておめでとう、シュウさん。年末には贈り物をありがとう。あたしは夜型人間だから大丈夫よ。それよりこちらが、噂の職人さんかしら?」
僕は慌てて挨拶をする。
「明けましておめでとうございます。風間キヨチカです。お汁粉、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
そんな僕にシュウは、ようやく彼女がここへ来た理由を話してくれた。
「キヨ、君がここでお礼を言うべきは、お汁粉だけではないのです」
「ん?」
「この作業場を作るにあたって、工具は何が必要か、刃物は何を選べばいいか。それから、上質な木材を手に入れるコネクションをご紹介くださったのは、ヨシエさんなのです」
「え?おばあちゃんが?」
「えぇ、あたしも名も無き椅子職人をしているのよ」
「名も無いだなんて。キヨ、フェイジョアホテルのラウンジの椅子が好きだと言ってましたね」
「うん。あの椅子の肘掛けを撫でながら飲むレモンティーは最高!」
「あの椅子を作られたのは、ソラのおばあ様であるヨシエさんですよ」
僕は「えっ」と息を飲む。
「あの椅子を製作いただいたことで、ヨシエさんと縁ができました。そして、この作業場を作る際、全面的に協力してもらったのです。さらにソラのこともご紹介くださいました」
ヨシエさんは、僕の椅子へと歩み寄る。
そして、じっと見つめてくれた。
「触っても?」
「はい。もう乾いています」
形を味わうように彼女に指が椅子を撫でる。
それは、紛れもなく職人の手だ。
しばらく何も口にしない彼女に、僕の緊張感が増す。
そうしてようやく発せられたのは、意外な言葉だった。
「合格よ」
「え?」
「合格。この作業場、使い勝手がいいでしょう?」
「はい。とっても」
「なのに、作業場を使う人は、ちっとも現れる気配がない。誰も使わない工具、刃物、木材は可哀想だったわ」
ヨシエさんは、シュウを見る。
「あんなに熱意を持って作業場を作っておいて、誰にも使ってもらえないシュウさんが気の毒だとも思ってました」
シュウは大きく息を吐く。
「いっそのこと、あたしが買い取ろうかと思っていたのよ。でも、合格。こんないい腕の職人が現れたのなら、待った甲斐があったわね、シュウさん」
「はい」
シュウが、はっきりとした声で返事をした。
「さっ、送ってちょうだい、ソラ。帰るわよ」
「あっ、あの。本当にありがとうございました。この作業場、これからもずっと使わせていただきます。それからいつか、おばあちゃんの作業場も見せてもらえませんか?」
彼女は、ニッコリと笑ってくれた。
「いつでも、いらっしゃい」
僕は深々と頭を下げる。
車まで見送ると、夜空には美しい満月が浮かんでいた。
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