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第41話「僕も椅子も東京へ」
【1月4日日曜日07:00】
朝7時に、運搬のトラックと二人の作業員がやってきた。
昨日のうちに近くまで来て、待機してくれていたらしい。
昨晩、僕は作業場で毛布に包まって、眠った。
この椅子は今朝までは僕のものだけれど、作業場を出たら皆のものになってしまう。
だから、手放す直前までそばに居たかったのだ。
自分の作品に対し、こんな風に感傷的になったのは、初めてだった。
僕にとって、転換点となる作品だからだろう。
シュウも僕がベッドに行かないことを寂しそうにしながらも、好きにさせてくれた。
椅子は、プロの手によって丁寧に梱包される。
そしてトラックに積み込まれ、固定された。
「では、お預かりいたします」
「よろしくお願いします」
大きくはないトラックを、僕とシュウと、ソラとハルで見送った。
ハルは、トラックが見えなくなるまで吠え続ける。
「では、キヨ。私たちも東京へ向かいましょう」
「あっ、うん」
「どうかしましたか?」
「いや、なんか怒涛の年末年始だったな、と思って……」
「まだ、終わっていませんよ。いよいよ、これからです」
「そうだね、うん」
僕は朝の冷たい空気を吸い込んで、大きく深呼吸した。
—
7:51のしなの鉄道に乗るため、車でソラに中軽井沢の駅まで送ってもらう。
「これ、新幹線で食べてください」
朝ご飯として、ポテトサラダが挟まったサンドイッチを、ソラが持たせてくれた。
「ありがとう。いってくるね」
「はい。いってらっしゃい!」
ソラが大きく手を振ってくれる。
工房をクビになって始まった冬休みだったのに……。
僕にも「いってらっしゃい」と送り出してもらえる場所ができたのだ。
今、とても心が温かい。
軽井沢駅で8:17発の新幹線に乗り換える。
お腹が空いていた僕は、すぐにサンドイッチを頬張った。
「美味っ」
シュウも綺麗に切り揃えられたサンドイッチを手に取りながら、僕に話しかけてくる。
「キヨ、唐突ですが、フェイジョアの花言葉を知っていますか?」
「花言葉?フェイジョアって花なの?」
「えぇ、南米原産のフトモモ科の常緑樹です」
「フトモモ?ごめん、植物全然詳しくなくて」
「いえ。グァバジュースのグァバもフトモモ科ですね」
「へー、そうなんだ」
「フェイジョアの花言葉の一つに『甘美な思い出』というものがあります。私はそれを聞いた時、一つの出来事を思い浮かべました。なんだと思いますか?」
「……」
もちろん、すぐに思い浮かんだ。
でも、それがシュウにとっても『甘美な思い出』として残っていることが信じられず、胸がいっぱいになる。
「わかりませんか?」
シュウが残念そうに言った。
「……わかるよ、当たり前じゃん。高校生の時、シュウの、先生のアパートで、たった一度、キスしたこと」
「そう。それが私の『甘美な思い出』です。あの時の少年の作品を、フェイジョア・ウッドチェア・アワードの大賞として讃え、更にエントランスにディスプレイできるとは、今日は最高の日です」
「大賞の方は、カラテア工房のツヨシが受賞者だけどな」
「でも、キヨの作品であることは、変わりありません」
「うん。そうだね。ありがとう」
そこからは9:20に東京駅へ着くまで、シュウの隣で目をつぶり、ウトウトと眠る。
シュウからはウッディな深い森の香りがして、僕は「幸い」を感じ続けた。
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