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§14 名もなき想い
グレン様に連れられて来たバルコニー。穏やかな夜風に髪を撫でられるのが心地よい。
「スメナ・ディオーゾ〈黙する扉〉」
小声で詠唱された魔法。初めて見るグレン様の魔法だ。
「今の魔法は……」
「幻覚を見せる魔法です。あちらからはただ単に風に当たって外を眺めている我々の姿が見えています」
「見せる幻覚も自分で指定できるのですか!」
思わず声が大きくなってしまって慌てて口を塞ぐが、グレン様の説明を思い出して安心する。
フッと笑って、「そのうち私が使える魔法についてもお教えしましょう」と言ってくれる。はしゃぐ子供を宥めるような口ぶりだが。
「疲れていませんか」
「大丈夫です」
「ミレイから、城についてからずっと書き物をしていたようだと聞きました」
「うっ」
「責めてはいません。あなたは体力もあるだろう。ですが無理はしないように」
「はい……」
怒られるかと思ったのでほっとした。根を詰める癖があるのは間違いない。
スフェーンにいた頃も兄さん達やブラス、ティラにもよく注意されていたのを思い出す。
少しの沈黙が流れる。不思議と気まずくは感じず、穏やかな時に癒される。
「今日のパーティー、嬉しかったです。ありがとうございます」
「こちらこそ、家臣達とも話してくれて感謝しています」
グレン様の顔を見上げると、目元が優しく笑んでいる。
家臣からの信頼が厚い王になるのは簡単なことではない。
今日出会った皆、とても温かく俺のことを迎えてくれた。
本当に嬉しくて、嬉しくて、先ほどの乾杯では泣きそうになってしまったのが本音だ。
グレン様と目があったのにパッと視線を逸らしてしまって申し訳ないのだが、改めてわざわざ伝えるのもどうなのだろう……と思考が回る。
「ライゼル王子」
「はい」
「……手を、」
「手?」
「……手を握っても?」
「……あ、……はい、大丈夫です」
腹が痛そうな表情で何事かと思った。あっさりと手を差し出したが、次は俺が変な態度になる番だった。
手を、繋げば良いん、だよな。
差し出した手が大きな手に包まれて温かい。しかし目を合わせられず、視線は繋がれた手から外れない。
「さっき、泣きそうな顔をしていた気がするのですが」
「……ッ!」
気づかれていた。さすがと思うが、わざわざ聞かなくても……と少し責めたくなる気持ちもある。
「……気づかないふりをしてくださっても良いのではないですか?」
「それは無理です」
「……どうして?」
「あなたのことを大切にしたいからです。前にも言ったでしょう。何かあったなら話してください」
退路を絶たれた。これが戦場なら結末は見えている局面。
何故この方はこうも真っ直ぐ言葉を向けてくれるのだろう。まだ出会って間もない、交換条件に適合しただけの俺に。
「……グレン様が、わざわざスフェーンに赴いてくださったことが嬉しかった、のです」
「それ以外にもあるでしょう?」
「……そのために、家臣の皆様に負担をかけていたと思うと申し訳ない気持ちがして。でも、王都に入ってからの民の皆さんの歓迎も、今夜のパーティーも、とても嬉しくて。もしかしたら全てが夢なのではないかと思うほど、信じられず……怖くなってしまったのです」
我ながら支離滅裂にもほどがあると思う。
だから言ったのに。問い詰めたところでこんなしようも無い話なのに。
「話してくれて、ありがとう」
「……こんな、中身のない」
「いいえ。気丈に振る舞っていたあなたも、心の底では不安なのではないかと思っていました。押し込めてしまう前に聞けてよかった」
もう限界だった。ぽろぽろと涙の粒が頬を転がる。
覚悟を決めていたのは間違いない。けれど、やはり心のどこかでは不安だった。しかし、前に進むしか道はないとその不安を心の底に押し込めて、蓋をしようとしていた。
だというのに、目の前にいるこの人は、その蓋をいとも簡単に外してしまった。
手を離して涙を拭おうとすると、両手首を優しく掴まれる。何をするのかと思ったら、グレン様の指が頬に触れた。
その指があまりにも優しく触れるものだから、また涙が溢れてくる。
なんなんだこれ。俺ってこんなに涙脆かったのか?いや、絶対にそんなことはない。これまでこんな経験はないのだから。
「ううぅ……もう、やめて」
「何を?」
「……優しく、しないで」
「無理だな。諦めろ」
「ひどい……っ」
なおも流れ続ける涙。抵抗する俺をさらりと制すグレン様を睨む。
「そんな可愛らしい顔で睨まれても、痛くも痒くもない」
「か、……何を言うのです……」
「聞こえなかったか。可愛いと言ったんだ」
「聞こえていますよ!!」
ハハハッ、と笑うグレン様。今まで見た中で一番笑っている。俺のことを揶揄っている時に!
「泣き止んだな」
「……子どもじゃないので」
「知っている。俺の伴侶になる美しくて強い男だ」
だからもう!と顎下に一発拳をお見舞いしてやろうかと思う。何の飾りっ気もない言葉が、琴線に触れるのだ。本当にもう、やめてほしい。
「揶揄わないでください」
「揶揄ってなどいない。あなたには周りくどい言い方をしないと決めたんだ。すぐ俺の意図と違うように解釈してしまうだろう」
「そんなことないですよっ」
一応言い返してみるが、俺にも心当たりがあるので声が小さくなった。
グレン様は頬に当てていた指を俺の髪に移して、優しく絡め取っていく。
「綺麗な髪だ。共に戦場で見た黄金に輝く朝日を見て、同じ色だと思ったんだ」
腰上まである髪は今日はまとめていない。これ幸いとグレン様は何度も俺の髪を梳く。
そんなことをされている内に、すっかり反抗する言葉も出てこなくなり、俺は黙ってされるがまま。
よろしくないのが、グレン様の手で髪を梳かれると気持ちが良くて、何なら眠くなってくる。
「近くに来てくれないか」
「……はい」
低い声で招かれるまま、俺はグレン様の腕の中に収まった。
服は着ているが、首元や手は覆われておらずふわふわだ。身体を包まれると、得も言われぬ幸福感に満たされる。
「……嫌ではないか」
「……はい」
「しっかり言葉にしてくれないと不安なんだが」
「……やじゃないです……ッ」
意地悪だ、と思っているのにその通り従ってしまう。恥ずかしくてグレン様の胸に顔を押し付ける。今は絶対に見られたくない。
それに文句も言わず、グレン様は俺の頭をゆっくりと撫でる。心臓の音が聞こえて、また眠くなる。
「眠い……」
「良い。そのまま寝てしまえ」
「でも、まだお話……」
「これからいくらでも会えるし話せる。気にするな」
耳元で低く囁かれた子守唄を最後に、俺はゆっくり意識を手放した。
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