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§28-1 執務室の秘め事

 結婚式まで、残り1ヶ月を切った。  形式的な決め事の準備は大詰め。あとは細かい打ち合わせを残すのみとなっていた。    先日、グレンと互いの思いを交わし合い、援軍の交換条件としてだけではなく実を伴う関係になった。  差し当たって俺は執務室を用意してもらうようグレンに頼んだ。その結果、これまで仮として使っていたグレンの執務室の隣室が正式に俺の執務室になった。変わらず、廊下に出ずともお互いの部屋に行き来できる仕様だ。  結婚式が終わるまでは式の準備。あとは商業ギルドとの定期的な農業にまつわる会議を主な業務として割り当ててもらった。  式が終わったらより幅広い業務に携わって欲しいとグレンからも頼まれたし、俺も望むところである。  しかしここ数日、別件で困っていることがある。  数日前に風呂で起こったグレンとの情事以降、それまでの比にならないくらいグレンの存在を意識してしまい、ぼーっとしてしまうことが増えた。  気をつけてはいるのだが、ふとした瞬間に彼の匂いや身体の逞しさを思い出し、身体が火照ってしまう。  そして、俺は考えたのだ。  ――――いっそのこと、もっと近付いて慣れるようにすればいいのでは、と。  思いついたら行動しないと気が済まない性分は自覚している。決意したからには実行あるのみ。  俺は今日、グレンに、「寝室を一緒にしてほしい」とお願いをしようと思っている。  今朝から執務室で難しい顔をしてミレイに心配されているのだが、そういう訳なのだ。 「グレンって、今忙しいかな?」 「少々お待ちくださいね! 覗いて参ります」 「ありがとう」  ミレイは俺とグレンが話すだけで喜んでくれているようで、率先して二人きりの時間を作ってくれる。それ自体はすごくありがたいのだ。しかし、そういった時間が増えれば増えるほど、焦れる気持ちに拍車がかかる。  俺の勘違いだったら恥ずかしいが、グレンも同じような気持ちなのではないかと思う。  二人の関係はあの日を境にして明らかに変わった。もうその前と同じように接することができないのは、グレンも同じだと見ている。 「特に問題無いようですよ。まあ、ライゼル様の御用とあればグレン様は何を差し置いても優先すると思いますが、うふふ」 「はは……ありがとね、ミレイ」  俺はミレイに案内されてグレンの執務室に続く扉をくぐった。ちょうど入れ替わりでジェイドが執務室を出ていくようだ。 「ごめんジェイド。邪魔じゃなかった?」 「いえいえ、大丈夫ですよ。一区切りつきましたので、私はこれから各所を回ってきます。あ、グレン様、例の件はライゼル様にもしっかりご共有を。では一旦失礼します」 「あぁ、分かっている」  ジェイドが大量の書類を軽々と持って部屋を出ていく。  同時にグレンは執務椅子から立ち上がり、俺を二人がけのソファに座らせ、自分も隣に腰掛ける。 「お疲れ様」 「ありがとう。それで、どうしたんだ」 「あ、うん……ちょっと相談があるんだ。けどその前に、ジェイドが言っていたのは?」 「ライゼルの話を先に聞く。そっちの話は後で言う」  頑なに言うグレンに苦笑いを返す。  隣に座ったグレンへ身体を半分向けて、膝に手を置く。恐らく時間が経てば経つほど言いづらくなるに違いない。早く言ってしまわなければ。  ごくり、と唾を飲む。 「……しきたりとか、決まりがあるならそちらを優先するのは当然のこととして、まずは俺の希望を伝えておこうと思って」 「ふむ」 「……グレンと、寝室を一緒にしたい」  おずおずと上目遣いでグレンの様子を伺う。空色が丸く見開かれ、髭がきゅっと前向きに寄っている。  知り合ったばかりの頃は見られなかった表情が、近頃は様々見られるようになって嬉しい。 「意味を、分かって言っているのか」  今度はグレンの喉が上下に動く番だった。 「……もっと、グレンと一緒にいる時間を、増やしたい。……まだ陽が高いからこれくらいで勘弁してくれると嬉しいんだけど」 「分かった、分かった。皆まで言うな」  グレンが俺の手首を掴んで身体を引き寄せ、指で優しく唇を抑える。これ以上理由を説明しなくても良いようだ。慌てながら眉を寄せるグレンにくすくす笑う。 「それで、返事は?」 「まあしきたりのことを持ち出せば何かといちゃもんのつけようはあるのだろうが、今は別の大義名分がある」 「大義名分?」 「旧貴族派の動きが怪しくなっている。ライゼルと俺、そして側近達の護衛を強化する予定だ」 「ジェイドが言っていたのって、それか」 「あぁ」  俺はなるほどと頷く。元々グレンと旧貴族派閥は折り合いがあまり良く無いと聞いている。グレンはゼフィロスの王としてやるべきことをやっているだけだが、旧貴族派からすると気に入らないことは多いのだろう。    結婚式に合わせて何か動きがあるかもしれないと聞いていたが、情報が入ったということだ。 「あからさまな動きは無いだろうが、念のためにな。この件があって、俺とライゼルが一緒に行動するようにすれば守りやすいという意見が多かったのだ。ジェイドに言われていたのがそれだ」 「分かった。護衛の件はグレンに任せるよ」 「すまないな、不便をかける」 「気にしないよ。ティラにも探らせようか」    俺からの提案にグレンはしばし逡巡し、「頼めるか」と言った。俺は「もちろん」と笑顔で応じる。    ティラは騎士団の部隊長を務めた経験があるが、元々は隠密部隊の畑での経験が長い。隠密や潜入調査が得意なのだ。    グレン曰く、外から来てくれたティラだからこそ気づけることもあるかもしれないとのことで、許可が下りた。 「じゃあ後でティラに言っておくよ」 「よろしく頼む」 「それで、大義名分については分かったよ。……でも、一番大事なグレンの気持ちを聞いてない」  グレンの手を握り、筋を指でなぞる。立派な爪は今日も綺麗に手入れされている。  反対の手が俺の頭を撫でて髪を梳く。穏やかで甘い沈黙が流れ、頬に熱が集まってくる。

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