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第3話 あの日の続きを、今

(なんで……なんで?)  疑問がぐるぐると頭を駆け巡る。 「なに、ナギくんの知り合い?」  男が挑発する目を朔真に向ける。  背後の朔真が舌打ちした。体を掴む腕の力が強くなる。 「喧嘩なら受けますけど、通報されて困るの、あんたじゃないですか」  朔真が淡々とした口調で言うと、男はつまらなそうに肩を竦めた。 「すぐヤレると思ったのに、面倒なの飼ってんじゃねーよ!」  捨て台詞を吐いた男が去ったあとも、凪はしばらく、何が起きたのか理解できなかった。  心臓の音だけが、やけに大きく耳に残る。  背後で、朔真が深々と息を吐いた。 「お前なあ――」  朔真は何か言いかけたが、口を閉じると凪の腕を掴み歩き出した。  なぜここにいるのか、なぜ怒っているのか。  けれどそんなことより――ずっと隠していた秘密を知られてしまった。その事実が、凪を恐怖のどん底に叩きつけた。 (どうしよう、どうしよう……)  凪は顔をあげることができず、朔真に手を引かれるまま、歩いた。  どこかの建物に入り、エレベーターに乗り、部屋に入る。冬の冷たい外気から一転して暖かな空気が肌に触れたが、それすら気づく余裕がなかった。  そうしてまた手を引かれ、座らされた。 「凪」  間近から名前を呼ばれても、凪は俯いたままだった。  頭上でため息が落ち、直後、両肩を掴まれた。  押され、背中から倒れる。その時ようやく、凪はベッドに座らされていることに気づいた。  凪の両肩を掴んだまま、朔真が苛立たしげに口を開いた。 「お前、俺のこと好きなんじゃねーのかよ!」  想像もしていなかった言葉に、凪は呆然とした。  咄嗟に逃げようとするが、両肩を強く掴まれて動けない。まるで、凪がそうすると見越していたかのようだった。 (知ってた? いつから? いつから朔真は気づいていた?)  喉が詰まる。呼吸がうまくできない。  いっそこのまま、心臓も止まればいいのに。 「凪、俺の話を聞いてくれ」  今まで聞いたことのない、朔真の真剣味を帯びた声音が、凪を現実へと引き戻した。 「頼むから……逃げないで聞いてくれ」  凪は、自分の肩を掴んでいる朔真の手が、わずかに震えていることに気づいた。 「……朔真」  思わず名前を呼ぶ。  目を見開いた朔真が、今にも泣き出しそうな顔で、凪を見た。  ◇ ◇ ◇  夕焼けの下で、凪に手を差し出した。  あの時の凪の顔を思い出すたびに、後悔で胸が張り裂けそうになる。  いつから凪のことを好きだったのか、何がきっかけだったのか。  気づけば好きになっていた。という言葉はあまりに安直で、けれど朔真の心情にこれほどぴたりと寄り添う言葉は、他にはない。  物心つく前から絆のある、特別な存在。  一緒にいるのが当たり前で、それは永遠に続くのだと思っていた。  だから、凪への気持ちが男女のそれと同じだと気づいた時、朔真は自分でも驚くほどすんなりと受け入れた。  そうした気持ちを抱えて凪を見ていた朔真は、中学に入り、凪に同性愛的嗜好があることに気づいた。そして、それを必死に隠そうとしていることも。 「久我くんに告白するの手伝ってあげるね」  中学1年の秋。凪のクラスメイトが教室まで来てそう言った時、朔真は一瞬自分に言われたのかと思って焦った。けれど彼女たちが話していた相手は朔真の近くの席の女子で、彼女は恥ずかしがりつつもお礼を言っていた。  誰かが凪に告白する。  そんな当たり前のことに、朔真はその時はじめて気づき、同時に怖くなった。  もし、凪が受け入れたら?  相手は当たり前のように凪に触れて、名前を呼ぶのか?  朔真は気づいたら教室を飛び出していた。  凪のクラスに行き、囃し立てる室内の空気を一声で壊した。  そして走ってくる凪の肩を掴み、抱き寄せた時、凪の顔を見て――気づいた。 (俺と、同じだ)  凪も俺のことを、同じように想ってくれている。  帰路の間、朔真は凪に伝える言葉を探していた。 (俺も好きだ、は唐突すぎるかな。けど好きって言うだけじゃ、凪は鈍いからわからないかもな)  朔真は浮かれていた。  だから、凪の心にある恐れや不安に、気づかなかった。  決心した朔真は、振り向き、手を差し出した。  ずっと一緒にいた仲だ。言葉で語るより、触れれば気持ちが伝わると思った。  あの時の――凪の絶望した顔。  後悔しても仕切れない。自分の傲慢さと軽率さが、凪を苦しめた。

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