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第41話
「架月」
「ん、何?」
兄貴が帰ってきて俺の隣に腰を下ろした。
兄貴に擦り寄ってもたれ掛かる。
「明日から家で仕事するけど、それでもいいか?」
「うん、いいよ」
兄貴に抱きついて匂いを嗅いで安心してると「あのさ」と口を開いた兄貴が俺の体を無理矢理剥がした。
「···赤石と、お前と太陽はそういう関係を持ったんだろ」
「何、今更。そんなのどうでもいいよ。」
今更そんな話を持ち出してきたことで安心感から苛立ちに変わっていく。
「あいつはお前らに謝ってたよ。」
「···だから、どうでもいいって言ってるだろっ!」
ソファーから降りてリビングではない、ベッドのある寝室に入る。真守の話なんて聞きたくもない。
部屋の隅にしゃがみこんで両手で耳を塞ぐ。何も見たくない、聞きたくない、言いたくない。
そうやって何事からも目を背けて生きていけたらいいのに。
いつの間にか目の前に来ていた兄貴が両手を耳から離させる。けど、目を閉じて口を閉じて、せめてもの抵抗だ。
「誰か隣にいてほしいんだよな、お前を理解してくれる、誰かに」
「っ」
「苦しくて、寂しくて、けどその感情を吐き出す相手もいなくて、どうしたらいいのかもわからない」
「···や、だ」
兄貴の声が少し、涙に濡れてる気がした。
「どうしたらいいのかわからなくて、苛立って、喧嘩しちまうんだろ。やっとみつけた隣にいてくれるやつも、自分が思い描いてる相手じゃなくて嫌になるんだろ」
「も、何も言わないで···っ、」
全部、図星。
だから心が叫んでる、もうやめてくれって。
涙が溢れてくる、もう許してって。
「俺が、お前がちゃんと歩けるようになるまで一緒にいてやる」
「···そんなの、嘘だ」
「嘘じゃねえよ、約束する」
「口だけなら、誰だってそう言えるよ」
兄貴の手を振り払い睨みつける。
きっと皆、いつの間にか俺がいらなくなるんだ。
真守もそう、太陽だって今は違うやつの隣にいる。
「皆、嘘つきだ」
「俺は嘘はつかない」
「それも、嘘だっ」
あの日から自分は以前に増して性格が歪んでると思う。
何も信じたくないからって言葉の裏を読んで、悪い方に捉えてしまう。わかってるのにわからないふりをしてる。
「1人になるのが寂しくて嫌なくせに、何で1人になろうとするんだ」
「やだ···」
「いつか自分の元から離れていくんじゃないかって怖いんだろ?」
「っ···兄貴にはっ、わかんないんだよっ!」
「···お前の寂しさなんて正直わかんねえけど、一緒にいるって約束するって言ってんだ。もし俺が約束を破ったら、お前の好きなようにしたらいい。最悪、俺を殺してもな」
そう言って笑って俺を抱きしめる。
いつの間にか体が冷えてたみたいで兄貴の体温がすごく暖かくてその肩に頬をくっつけた。
「兄貴を殺したら、本当に1人になるから、やだ」
「ああ、俺もお前に殺されるなんて嫌だ」
小刻みに無意識に震えてた俺を落ち着かせるように何度も大丈夫だって言ってくれる兄貴に、どこまで甘えていいのかわからなくて、その逞しい首に腕をまわして縋るように泣いた。
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