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第50話

抱きしめられる強さが大きくて痛い。 兄貴の肩に頬を置いてジッとして、未だに離してくれない兄貴に凭れ掛かった。 「なーあーに」 「···俺も、多分母さんたちも、ちゃんとお前らのこと見てやれてなかったんだなって思ってさ」 「今更だし、そんなのどうでもいいよ」 「そんなことないだろ」 体が離されて軽く前後に揺すられる。 眉を寄せて兄貴の腕を持ちやめろって言うとピタッと止まってお互いにはぁ、と息を吐いた。 「どうでもいいことだし、もう過去のことどうこう言ってもどうにもならないんだからさ」 誰がそんなこと言うんだって感じ。俺だって真守のことでこんなになってるのに。 「今更だよ、本当。」 「···架月」 「何?」 真剣な目が俺をジッと見つめる。 緊張が走って固まる俺の手を俺よりでかい手が包み込んだ。 「泣きそうな顔して、そんなこというな」 「···してないし」 「1番過去のことで悔やんでるお前がそんなこと言ったって説得力ないし」 「うるさいなぁ」 笑って兄貴の肩に軽くトン、と拳をぶつける。 1番自分が分かってることなんだから、そんなこと言わないで放っといてくれたらいいのに。 「腹減った」 「何か食うか」 「···海(カイ)兄ちゃん」 「気持ち悪いな、何だよ」 「気持ち悪いって何さ、兄貴の名前呼んだだけなのに」 海兄ちゃんなんていつから言ってないっけなぁ。そもそも兄貴の名前なんて殆ど呼んでなかった。 「懐かしくない?海兄ちゃんって昔呼んでたじゃん、俺たち」 「あの時は可愛かったな」 「何それ、今が可愛くないみたいじゃんか」 「···可愛くはねえだろ」 ハハって笑ってキッチンに行く兄貴を追いかけて料理をする背中をボーッと眺める。 「小さい頃はさぁ、誰々ちゃんが好きでー将来は結婚しようねぇとか、女の子相手に言ってたけど···正直今は女の子に何も感じないんだよね、どうしたらいいと思う?」 「いきなりそんな話かよ。···お前が好きなようにしたらいいだろ。好きになる相手がたまたま女じゃなくて男だった、それだけの話だよ」 「···俺と、太陽ね、すごく好きだったんだよ。真守のことが」 そう言って言葉を切った俺をジーッと感情の読めない顔で見てくる兄貴にフフって笑う。 「だから、真守と俺たちより早く出会った燈人···さん、をすごく憎んでるよ」 「···あの人を悪く言うな」 「悪くは言ってないじゃん。俺の感情の話。···できることなら、あの人を殺して悲しんでる真守を何とか俺の方に引っ張ってきたいなって思うよ」 「お前にあの人は殺せないし、例えそれができたとしても赤石がお前を好きになることはない。···赤石の大切なものを奪ったお前は赤石に殺されるよ」 「それもいいね」 好きな人に殺されるなら別にいいや。俺が愛した結果だもん、悔いはないはず。 そう言い切った俺に怒ったのか胸倉を掴まれて壁に押し付けられた。 「けど、もしそうなったら、俺がお前を殺してやる。」 「···兄貴に俺は殺せないよ」 「仕事なら、割り切れる」 「無理だよ、兄貴は優しいから」 そう言って俺の胸倉を掴む手に触れると力が抜けて苦しいのがなくなる。 「真守の代わりになる人が見つかったら俺も太陽もそんなこと考えなくていいんだけどね。」 「···太陽には今朧ってやつがいるんだろ」 「いるよ。どんな関係かは知らないけど、まあ、そういう関係だろうね」 「···お前には、いない」 俯いていた顔が急に上がる。俺の両肩を強く持って強い目で俺を見た兄貴はこくり、と1度深く頷いた。 「俺が、代わりに、なってやる」 「······は?」

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