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3-15.
「……かくご?」
カイが、キョトンとした顔で瞬く。
航は、椅子に深く背を預け座り直した。
そして、腕を組む。
「お祖父さまから、縁談の話は聞いたな?」
カイが小さく頷くのを確認し、航は続ける。
「来週、うちの創立30周年祝賀会がある。
お祖父さまは、そこで縁談の"公募"を始めるつもりだ」
「……公募って……」
「文字通り、お前の嫁を募るんだよ」
「……でも、結婚でしょ?
会ったこともない人と結婚とか無理、おかしい」
「残念ながら、ウチはそれが普通だ。
むしろ、お前に許婚がいないことが特例。
次男とは言え本家の嫁探しは珍しい。
これを機にと、嫁候補が押し寄せるぞ」
「……誰も来ないよ」
「いや、来る。押し寄せる。
この前買ったコーヒー農園を賭けてもいい」
「いらないし……。というか、また買ったの?」
「いや、買ってない」
「……買ったね。満兄さん、怒るよ」
「……」
航はわざとらしく咳払いをして誤魔化すと、机を指先で軽く叩きながら仕切り直す。
「話を戻そう。
祝賀会について、お祖父さまから一つ要請があった。……櫂、お前の出席だ」
その言葉に、櫂の顔がギクリと強張る。
最初に話を聞いた時から、薄々そうではないかとは思っていた。
だが、今は入院中の身だ。出席は考慮されるのではないかと、どこかで期待していたのだが――。
「決定事項、なのかな」
「残念ながら。
人形のように壇上に置いておけ、祝賀会の間だけもてばいい――とのことだ」
「人形……?」
「要は、薬でも何でも使って整えろということだ」
カイは俯いて、きゅっと唇を噛んだ。
うさぎの膨らみを、両手で覆いながら力を込める。
そしてわしばらく黙った後、ぽつりと呟いた。
「……如月に在ること」
航の眉がわずかに動く。
「この前、呼び出されたでしょ。
あの時、言われた……オレの役割」
カイは、俯いたまま淡々と言う。
「与えられたもの以外に興味を持つな。
欲しがるな」
その白い指先が、うさぎの耳をぎゅっと握る。
「……つまり、そこにただ立ってろってことだよね。
……飾りみたいに」
それから、ゆっくりと反芻するように呟く。
「……オレは、昔からそうだよね。
体調だけ整えられて、言われた場所に置かれて。
大人しくそこにいればいいって言われてさ……。
ほんと、ただの人形だ」
そしてそう言うと、自嘲するように笑う。
「薬で頭鈍らせておけば、余計なこと考えないし。
変なこと言わないし。……都合いいよね」
航は、短く息を吐きながらカイの自虐を受け止めていたが、一区切りついたところで口を開いた。
「……まあ、そんなところだな。
当主の頭の中では、お前は人形。
――だが、それはお前だけじゃない。俺も、だ」
「……兄さんも?」
「あぁ、そうだ」
航は背もたれに背を預け、足を組み直す。
「いや、お前と話をしていて気がついたがな。
今回の縁談話は、薬で思考が止まったお前のかわりに、俺が適当に言い訳をつけて話し、やり過ごすつもりだった。
けどな、それも含めて今回のお題目なんだよ」
「……?」
カイは眉を寄せながら首をかしげたが、航は意に介せず続ける。
「お前が人形なら、俺はさながらそれを操る子供。
お祖父さまにとっちゃ、誂えた舞台の上で、人形と子供を並べて眺めるようなもんだろうな」
そして、吐き捨てるように言った。
「お膳立てされた祝賀会。用意された縁談。
操る兄、その通りに動く次男。
――とんだ三文芝居……」
航は目を細めてから口元に手を添え、低く言う。
「いや、見世物か」
重く落ちた空気の中、カイはウサギを抱えたまま俯き口を閉ざす。
航は一度目を閉じ小さく息を吐いた。
そして、呟く。
「――クソつまらねえな」
カイが、顔を上げる。
同時に航は、タンと机を叩いた。
「よし、決めた」
「――え?」
膝を開いて椅子に腰掛け、身を乗り出して櫂を見る。その口元に、いたずらを思いついたような笑みが浮かんでいた。
「俺はお前の糸を切るぞ。選べ。
立たされるか。――それとも、自分で立つか。
人形じゃない。人間として、だ」
その瞬間、カイの思考が一斉に走り出す。
祝賀会、縁談。
祖父、理事会。
……誉への影響。
各パターンの想定シナリオと可能性、リスク――
いつものように、整理しようとする。
だが、うまく回らない。
わからない。
カイは、思わずこめかみを押さえた。
「……っ」
苦しげに眉を寄せる。言葉が出てこない。
その様子を見ていた航が、ふっと鼻で笑った。
「お前がどんな屁理屈を考えても、俺は論破するぞ」
椅子に背を預け、足を組む。
机に肘をつき、頬杖をついた。
その人差し指で、トントンと自分のこめかみを叩く。
「出来ない理由なんか探すな。
浮かんじまったなら全部捨てちまえ。
だったら、出来る理由を探すんだ」
カイが、顔を上げる。
「悪いことなんてな、そうそう起きない。
最悪の事態なんて、まず起きない」
航は、そうあっさりと言ってのけるが、カイは納得がいかない様子だ。眉を寄せながら、言い返す。
「でも、全部考えないと、正解がわかんない」
「大体のことに正解も不正解もない」
それに対し、航はハッキリと言い切った。
「今回なんか、その最たる例だ。
世の中で起きることは、基本曖昧で――単純だ」
カイは黙り込んだまま、また視線を落とした。
その手は、まだこめかみを抑えている。
――まだ何か考えようとしてやがるな。
察した航は、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「祝賀会。
もし、立たせてほしいというなら今まで通りやってやる。薬で頭を鈍らせて、縁談の話は適当にやりすごす。お前は何もしなくていい、全て俺がやる。
一定の結果は担保する、約束しよう」
そう明るく言った後、少しだけ声を落とす。
「だが、自分で立つというのなら、話は別だ。
祝賀会での振る舞いから縁談への対応は、全てお前が考えてやれ。
当然、できる限りの情報は事前に渡すし、フォローもする。俺が協力できることは、全部やってやる。
だが、やるのが俺ではない以上、その結果がどう転ぶかは、保証できない」
部屋が静まり返る。
カイは小さく眉を寄せながら、顔を上げた。
不安げに、おずおずと尋ねる。
「……もし、自分でやって、失敗したら……」
航は少しだけ目を細めると、平然と返す。
「その時は、その時だ。失敗した時、考えようぜ」
カイは、目を大きく開く。
「万に一つ、対応をトチって縁談が進んだとしても、即結婚ってわけじゃない。
うちは入籍に至るまで呆れるほど時間がかかるからな、いくらでも巻き返せる。
あるいはお前が混乱し、ぶっ倒れたりしたとして。
それでも尚、嫁入りを希望する奴がいたら……」
そこで航は、口元を歪めた。
「そいつは、“本物”だ。
逆に一考の価値くらいはあるかもしれん」
そう言って肩を竦める。
「勿論、そうならんよう万全の体制は敷くがな。
……ま、なんかあれば俺が拾ってやるよ」
カイが黙ったまま見ていると、航はさらに言った。
「大体のことは、やってみないと分からない。
そしてリスクを恐れたら、何もできなくなるぞ。
――起きたら、その時に考えればいい」
そして腕を組んで、いつも通り人懐っこく笑った。
「手術もそうだろ。
あの新手法だって、わからないことばかりだった」
航は真っ直ぐ櫂を見た。
「色んなリスクもあったが、やった。
想定内、想定外、いろいろあったと思うが、その場で考えて捌いた。
結果、患者の命を救うことができた」
そして静かに言う。
「ほら。
お前はもう既に、うまくやれてるじゃねえか」
その言葉に、カイは何も返さなかった。
ただ、じっと航を見ている。
――が、その頭の奥では、再び思考が走り出そうとしていた。
だが、いつものように車輪が綺麗には回らない。
あらゆる可能性をうまく整理できないまま、いくつもの断片が浮かんでは消える。
カイは、息を吐きながらゆっくり視線を落とした。
まず一つ、はっきりしていることがある。
――誉以外との結婚は、考えられない。
だから縁談は、すべてを確実に断りたい。
では、自分の人生の岐路と責任を、また兄に任せてしまっていいのだろうか。
今まで通り、兄に前に立ってもらい、自分はその後ろに隠れ立っているだけ。
――それで、本当にいいのか。
カイは、ガウン越しにウサギを抱き寄せた。
胸の奥で、別の問いが浮かぶ。
――兄に任せた自分に、果たして誉の横に立つ資格はあるのだろうか。
胸を張り、誉と生きて行けるだろうか。
指先に、少しだけ力が入る。
胸の奥に残っていた言葉が、ゆっくり形になる。
カイはそのまましばらく考え込んだ。
やがて、こめかみに当てていた手をゆっくり下ろすと、顔を上げた。
赤い瞳でまっすぐ航を射止め、はっきりとした口調で答える。
「……自分でやる」
その言葉に、航は一瞬だけ目を細めて短く頷く。
「よし!」
そして椅子を引いて立ち上がると、
「やってやろうじゃねえか」
その口元に、少し悪そうな笑みを浮かべる。
「お前を馬鹿にした奴らも含めて、まとめて見返してやろうぜ。うちの次男はやべえぞって、分からせてやる」
それにカイが、少しだけ首を傾げて返す。
「もう既に、やべえヤツだってなってると思うけど……」
「そっちの意味じゃねえよ、お前の頭脳の方だよ」
航は鼻で笑うと、左手を差し出した。
カイは一瞬、その手を見つめる。
それから、兄の顔を見る。
ほんの少し迷うように指先を伸ばし、そっと左手を重ねた。
――次の瞬間。
航の手が、ぎゅっと強く握り返す。
その力に、カイは少し驚いたように目を瞬いた。
そして、ぽつりと言う。
「兄さん、楽しそうだね」
航は肩をすくめた。
「おう」
口元に浮かんだ笑みが、さらに深くなる。
「俺は逆境ほど燃えるんだ」
カイは眉を寄せて、
「逆境……やっぱ失敗前提?」
と、声を低くする。
「ちげーよ」
航は、鼻で笑いながら、
「お膳立てをひっくり返すっつってんだ。
想像してみろ、理事会のやつらの驚く顔。
こんな面白いことはないだろ」
と、生き生きとしながら返す。
想像してみろ、理事会のやつらの驚く顔。
こんな面白いことはないだろ」
そう言って航は満足そうに笑った。
そして、握った手を解いたタイミングで、ふと何かを思い出したようにカイを見る。
「……ああ、そうだ。一つ確認していいか」
「なに?」
航は少しだけ目を細めて尋ねる。
「誉を愛してるかどうか。
結局、答えは出たのか?」
その問いに、カイは、ぽかんとした顔をした。
航が、にやりとして続ける。
「ここまで気持ちを固めたってことは、当然――」
カイは口元に長い袖を当てながら小首を傾げ、答えた。
「……わかんない」
その答えに、航はがくりと肩を落とした。
一瞬、完全に脱力する。
そして叫んだ。
「なんでだよ!!」
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