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「ねえねえ、みんな。昨日の、見ました?」 昼休みの医局で、山川が唐突にそう言った。 「何を」 佐々木が、手元のコンビニ弁当から顔を上げる。 「これっす。 テレビで、この前の祝賀会の特集やってたんすよ」 山川は得意げにそう言うと、スマートフォンを掲げた。 画面には北丘医療センターの全景を背景に、大きく『名門如月家 若き兄弟、病院再生への道』のテロップが映っている。 「昼のバラエティじゃねえか。 なんでお前が昼番組見れてんの?」 「先輩、遅れてるっすね。 今はネットで見れるんすよー!」 「知らねえな」 そのやり取りに、一緒に昼食を広げていた他のメンバーも顔を上げた。 「え、何それ」 「祝賀会? そんなのあったんだ?」 「この病院、三十周年だったらしいスよ」 「えっ、二年じゃないの?」 「それは、院長が今の航先生に変わってからな」 「ちょっとみんなで見ようよ」 「カンファ室行こう、カンファ室」 「……こういう時だけ、みんな団結力すごいな」 「うち、人少ない分仲いいですからね」 「まあな、記念病院ではありえなかったやつ」 「それな〜ッス。 あっ、誉先生も一緒にどうスか?」 「どうしたの? 何かあったの?」 「誉先生も絶対好きっすよ。はやくはやく!」   丁度会議から戻ってきた誉もまた、大した説明もされぬまま、山川に背中を押され、皆と共にカンファ室へと連れられていく。 誉がいつもの席に座ると同時に、山川のスマホがモニターに接続され、動画が再生され始めた。 「へえ、結構ちゃんと特集されてるじゃん」 番組冒頭では、まず本院院長である征一郎の姿が短く映った。   「誉先生、顔、顔!」 「僕、あの人嫌いなんだよね」 「言っちゃった」 「はい、婿舅問題いきなり勃発」 「僕は婿にはならない。カイを嫁にもらう」 「それでも舅は舅」 「如月次男もらうのはハードル高いっすよ、先生」 誉は盛大に息を吐き、腕時計に視線を落とした。 「僕、もう戻ってもいいかな……午後の資料が」 「マジの拒否」 「誉先生でも、そういうのあるんだ」 「意外」   するとそのとき、画面が切り替わった。   「あ! 如月先生っす」 「!」 それまで半ば席を立ちかけていた誉が、即座に画面に顔を戻して身を乗り出す。   「いや反射神経やば」 「山川くん、今の登場シーンもう一回。 あとスクショして送って」 「誉先生〜。 とりあえず落ち着いて座ってくださ〜い」 「てか、午後の資料は」 「え? そんなのもうとっくに終わってるけど?」 「嘘かよ」 最初に紹介されたのは、如月北丘医療センター院長、如月 航だった。 医師としての経歴と実績をはじめ、元々の専門である小児科での勤務を経て、新院の再建を任され、若くして院長へ就任したこと。 さらには、学生時代取り組んでいたテニスの華々しい実績まで簡潔に紹介されていく。 山川が、ぽつりと呟いた。 「……院長、人生何周目なんスかね……」 「改めてこう紹介されると、なんかホント別世界の人って感じだな」 「普段から十分別世界だろ」 「誰よりも早く病院にいて、誰よりも遅く帰るくせに、昼休みテニスしてますもんね。 みっちり一時間」 「いや、毎朝病院の周りのジョギングもしてるわよ」 「夕方もしてるの見たことある」 「体力バケモノ過ぎるだろ」 「違う意味で別世界すぎるわ」 やがて映像は、祝賀会の壇上へと移った。 中央に当主が立ち、その両脇に航と櫂が並ぶ姿が映ると、一同がにわかに湧く。 「あ、ご当主と如月先生が並んでるの初めて見た」 「え、激似じゃない?」 「これは……相当似てるな」 「院長より櫂先生の方が似てない?」 「わかる。こうして見ると血筋ってすごいね」 「如月は、古い家だからねえ。血筋がよりしっかりしてそう」 「……けど、記念院の院長だけあんまり似てないっすね」 「まあ、体型からしてな……」 「痩せりゃ、それなりに似てるんじゃねえか?」 「まあ、親子だもんねえ」 そんな他愛のない会話を挟みながら、皆は番組を見続けた。 そして、とうとう当主のスピーチが始まる。 航が若くして北丘の再建を担い、その中心に立ってきたこと。 そして、これからも航を中心に、病院の改革を進めていくという内容だったが、その巧みな話運びと話術に、皆は思わず真剣に聞き入ってしまった。 続いて、当主の話題が櫂へ移った。 『櫂は、内科医としての才に恵まれております。 とりわけ脳神経領域においては、若くして得難いものを持っている』 「……絶賛じゃん」 「ここまで公に孫のこと褒めるんだ」 「むしろ、航院長より持ち上げてない?」 「てか、如月先生、すっごく表情豊かだね」 「それ思った。だってこの反応だよ」 「うける。自分が一番驚いてるじゃん」 「すごく可愛い……山川くん」 「スクショして送ったッス」   画面の中の櫂自身が、驚いたように目を丸くしている。すぐ隣の航がその肩へ手を置くと、櫂は顔を上げて兄た。目が合うと、航が柔らかく笑う。 それを見た櫂もまた、はにかむようにほんの少しだけ表情を緩めた。 「……普通に仲いいんだな、あの二人」 「いつも院長が自分勝手な如月先生にキレ散らかしてる印象だったけど、ちゃんと仲いいね」 当主の言葉は、さらに続いた。 『だからこそ、櫂については、公の場に出すことよりも、現場に立つことに専念させてきました』 ——経営や社交ではなく、医師として経験を積ませることを優先してきたこと。 そして、これまで櫂についてさまざまな憶測や意見があったこともすべて承知していたと、はっきり言い切った。 『けれど、私がいくら言葉を尽くしたところで、それは庇護だ、弁明だと受け取られてしまうでしょう。であれば、櫂自身が医師として力を示すこと。それが何よりの証明になると考え、これまで敢えて多くを語らずに参りました』 その言葉に、カンファ室がしんと静まった。 「……如月先生、知ってたんだね」 そんな中、誰かがぽつりと言った。 「何を?」 「自分が、いろいろ言われてること」 「……ああ。そうだな」 『櫂は、それらの声を受け止めながらも、囚われることなく、与えられた場所でただひたむきに医師としての務めを果たしてきました』 「如月先生、全部知ってて……それなのに何も言わなかったんだな」 「実力で示そうとしてたってこと?」 「……あんなに体調悪かったのに」 看護師の一人が、ぽつりと言った。 「私たちも、ちゃんと分かってなかったのかもね。 ……如月先生のことも。ご持病のことも」 「分かってるつもりではいたけどな」 「ちょっと扱いにくい人みたいに見てたところ、あったよね。体調に波があるのなんて、持病があるなら当たり前なのに」 「……我々、医者なのにな」 その一言に、何人かが気まずそうに目を伏せた。 病気になるのは、本人のせいではない。 特に櫂のものは、生まれついてのものだから、よりそのはずだ。 そんなことは、誰よりもよく分かっていたはずなのに。それなのに、同僚として目の前にいる櫂に対し、必要以上に距離を置いてしまっていたのかもしれない。 「『如月家の次男』だから、俺たちとは違うっていう感覚も、あったよな」 「うん。変に刺激しちゃいけないというか……」 「失礼がないようにって思って、逆に腫れ物扱いしてたかも」 「先生自身が何も言わないから、本人も受け入れてるんだろう、大丈夫なんだろうって思ってたし」 ちょうどその時、番組は櫂の挨拶へと移った。 自分は経営については兄ほど詳しくない。けれど、医師としてできることはある。   患者さまのために、そして兄を支えるために、自分ができることをしていきたい。 前を向き、はっきりとそう話していた。 医局にいるあの凍り付いた顔じゃない、希望に満ちた明るい表情だった。 「……こんなに素直な人だったんだな」 「厳しすぎるのもさ。 結局は、仕事に一途なだけなんだよね」 「患者さんの……兄さんの役に立ちたい、って」 「なんか……思ってたよりずっと動機が純粋だな」 その時、モニターの前から『ずずっ』と鼻をすする音がした。思わず皆が注目すると、誉がハンカチを目元に当てていた。 「……誉先生、泣いてます?」 「泣いてないよ」 「いや、めちゃくちゃ泣いてるじゃないですか」 「だって……」 誉は、画面の中の櫂を見つめながら、もう一度鼻をすすった。 「櫂、ほんとに頑張ってるし……ほんと成長したし……とびきり可愛いなあって……」 「ハイ、また可愛いループ入りました〜」 「ダメだこりゃ」 「重症ッス」 山川が肩を竦めると、それにつられて周囲にも笑いが広がる。 それからしばらくして、年長の医師が口を開いた。 「帰ってきたら、俺たちも少し変わろうか」 「ですね」 「特別扱いするんじゃなくて、普通に」 「コンサルとはいえ、ずっと助けてもらってる人に、よそよそしくしすぎたよね」 「腫れ物扱いして、悪かったな」 「如月先生が取り繕わなくても、普通に仕事できるくらいにはしてあげたいね」 皆が、自然と頷く中、誉はまた目元を押さえた。 「みんな、櫂のためにありがとう」 だが、すぐに真顔になり、低い声で言う。 「でも櫂は僕のだから。そこは履き違えないで」 「最悪の締めくくりしてるッスよ、この人」 山川のつっこみに、再び笑い声が上がる中、佐々木がそっと画面を指差した。 「ところで俺は、さっきからチラチラと櫂先生のSPみたいに映ってる黒服が気になるんだよ」 「え? なになに?」 「わっ、誉先生だ」 「ん? まあ、出席してたからね」 「何でいるの!?」 「部長の代打でね。ほら、入院しちゃったでしょ。 急性アルコール中毒で」 「あー……。あの飲み会は酷かった」 「誉先生の煽りが半端なかった」 「人聞きが悪いなあ。 挑まれたから、お応えしただけだよ」 「てか、誉先生。 ふっつーに如月家に食い込んでる」 「あはは、ほんとだ」 「ほんとだ、じゃないでしょ」 「存在感はんぱないっすね」 「視線がもうすごく重いのよ。 櫂先生への気持ちが全然抑えられてないのよ」 誉は、画面の中の自分を眺めながら、楽しそうに笑った。 「にじみ出ちゃうもんだねえ」 「……SPっていうか、もはや番犬だな」 「違うよ。夫だよ」 「マジで隠す気がねえな」 「隠す必要、なくない?」 「さすが、敏腕外科医。肝の据わり方が違う」 皆と一緒になって笑いながら、誉はもう一度、モニターの中でまっすぐ前を向く櫂に目を向けた。 次に、カンファ室に集まった仲間たちを一人ずつ順に見回すと、わずかに口元を緩める。 そして最後に、誰ともなしにつぶやいた。 「……よかったね、櫂」

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