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8話
「……おーい、奏汰。大丈夫かー?」
背後から飄々とした声が飛んできた。
また今朝もキッチンでは、味噌汁の匂いと焦げた香りが混じっている。なかなか料理の腕は上達しない。
「ちょ、ちょっと! 先生が話しかけるからだってば!」
「なぁ、俺は寂しいぞ? 今週末、一緒に寝てくれなかったもんな〜。あーあ、前はあんなに毎晩一緒だったのに」
「い、い、いいでしょ! 一緒に寝る方が変なんですって!」
司は笑いながら近づき、声を潜めて囁くように言った。
「だって、お前さ……溜まってねぇの? 今週、やってねぇだろ」
「うぅ〜っ……た、溜まってません!」
途端に顔を真っ赤にして振り向く奏汰。
司はそんな反応を見て、腹を抱えて笑い出した。
「あははっ、相変わらず面白れぇな〜 お前は!」
本当に…気づけば、毎晩同じベッドで寝ていた。二人で触れ合うようになり、事が終われば、同じベッドに潜り込んで、他愛のない話をして眠る。そんな日々が続き、いつの間にか当たり前になっていた。
……けれど今週末は、奏汰ひとりで寝ている。
それはやっぱりあの日から。
酔った勢いで、司に煽られてキスをした。
その直後、司が返してきたキス。
柔らかくて、深くて、優しいくせに逃げられない。あれが、頭から離れない。
驚いて突き飛ばして、自室に逃げ込んだ。
それ以来ずっと……奏汰はひとりで処理をしている。なぜだか司のキスを思い出すと勃起してしまう。だから、そのままひとりで吐き出す処理をする。
今までは、ただ仕方なく溜まったものを出すだけだったのに、あの日からは、司のキスを思い出すだけで熱がのぼる。
司の言葉。
仕草。
指先。
触れた息。
どれも鮮明すぎて、思い出すたびに身体が勝手に反応してしまう。司のキスを思い出すと、下半身に手が伸び、ひとりでペニスを扱いてしまう。
グラビアも、映像も、興味がわかなかったのに。どこか欠けていたはずなのに。今では司とのキスを思い出しながら、毎晩息を潜めてオナニーをしている。
当然のように自己嫌悪に襲われたが、忘れようとするほど、かえって鮮明に思い出してしまう。
ベッドの上で、何度も何度も繰り返す。そして名前を呼びそうになるたび、必死に噛みしめて飲み込んでいる。
……なんで、司先生を…
考えれば考えるほど、胸の奥がざわつく。
でも、思い出すほどに、また身体が昂ぶってしまう。
「…………なんだってさ」
突然、隣から司の声が降ってきた。
「えっ? は? な、何? なんですか」
ぶつぶつと司が続けて何かを言っていたらしい。奏汰はハッとして姿勢を直す。
司はジっと睨むように奏汰を見る。
「おい。今、俺が必死に説明したやつ……ぜーんぶ聞いてなかったのか?」
「い、いや! 聞いてました! 聞いてたつもり……というか……なんというか……」
「聞いてないだろ。なんだ、なんだ?エッチなことでも考えてたのか〜?童貞くん」
「な、な、なんで!童貞は関係ないでしょ」
奏汰が真っ赤になるのを楽しむように、司はにやにやと笑っている。
「まぁいい。とにかく今日は人生の話だ。全員、来れるやつまとめてな」
「は…?じ、人生?」
さっきまでの軽口とは違う響きに、奏汰は思わず司を見る。
その横顔は、いつもの飄々とした表情の奥で、何かを決めているように見えた。
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