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20話
「……お腹すきました」
以前も同じようなことがあった。自分のお腹の音で目が覚めるなんて、なかなか情けない。
それに相変わらず、隣で寝ている司は容赦がない。足を絡めてくるせいで重いし、逃げられないように腕までがっちり回されている。
「お腹っ!す、い、た!!」
静かなはずのベッドルームに、思いきり声が響いた。我ながら、空腹だけでここまで大声を出せるんだと可笑しくなる。
「うわああ……っ! なんだよ、びっくりするだろ!」
司は飛び起きる勢いで目を開け、半分寝ぼけたままこちらを睨んでいる。その様子が可笑しくて、奏汰は思わず笑ってしまった。
「そんなに驚くことないじゃないですか」
「あるに決まってんだろ……心臓止まるかと思ったわ」
司は大きく息を吐いて、もう一度枕に頭を落とす。そのまま腕を緩める気配は、まったくない。
大人の塾が軌道に乗り、司は毎晩遅くまで働いている。それでも今日から二日間は、久しぶりに二人そろっての休日だ。
だから、昨日の夜は少し羽目を外してしまった。夜ご飯も食べないまま、二人でそのままベッドルームにこもって、気づけば朝である。
「起きましょう。もう8時ですよ」
「……まだ8時だろ。休みなんだしもうちょい、いいじゃん」
目は閉じたままなのに、ちゃんと返事は返ってくる。どうやら、意識だけは起きているらしい。
「昨日の昼から、食べてないんですよ。あー……またお腹鳴りそう」
「じゃあ……何食べたい?」
むくりと上半身を起こした司は、そのまま奏汰に覆いかぶさるようにして、ちゅっと軽い音を立ててキスをしてきた。
じっと見つめ返すと、「ん?」と司が顔を近づけて、目を細める。最近、この表情に弱くなってきている自分が悔しい。
「……ごはん。お米が食べたいです」
「よし。じゃあ朝からガッツリ作るか」
威勢よく言うくせに、抱きしめる腕は離してくれない。足も相変わらず、がっちり絡めたままだ。
チュッ。
チュッ。
頬に、額に。
軽い音を立てて、キスが降ってくる。
唇に触れたあと、すぐに離れる距離感が、かえって落ち着かない。指先が髪を梳き、背中をなぞり、体温だけがじんわり伝わってくる。
数時間前まで、同じ温度の中にいた。だから、こうして触れられるだけで、また簡単に火がつきそうになる。
息が近い。司の呼吸が、耳元でゆっくり上下するのがわかる。
キスのたびに、喉の奥から小さな声が漏れてしまう。
「……奏汰」
低く呼ばれて、胸がきゅっと縮む。
「俺のこと、好きか?」
間を置かずに、答えは出た。
「……好きですけど」
少しだけ照れた声になったのを、自分でも自覚する。司は一瞬、目を細めてから、また軽く額を合わせてくる。
「俺も好きだよ。同じくらいじゃねぇな。
……たぶん、もっとだ」
そう言われた瞬間、奏汰は遅れて瞬きをした。胸の奥が、じわっと熱くなる。
嬉しいのに、素直に受け取るのがなんだか恥ずかしくて、視線を落としたまま口元がゆるむ。
「……なんか、それ」
照れ隠しみたいに、司の胸元を指先でつついた。
「ずっる~。俺が言ったら言うなんて」
自分でも声が少し軽くなっているのが分かる。クスクスと小さく笑いながら、頬が熱いのをごまかすみたいに顔を背けた。
「もう……なんだかんだ丸め込まれる。はっきりしないまま、ここまで来ちゃって……それに流された俺も悪いんだけどさ」
自分で言っていて、少し可笑しくなる。
奏汰が肩をすくめると、司は特に驚く様子もなく、いつもの距離感で近づいてきた。
額に、頬に、短いキスを落としてくる。
「いいじゃん。流されるってことはさ、それだけ好きな相手を信じてるってことだろ」
「でたっ! なんでも肯定する理屈」
そう返しながらも、奏汰は笑ってしまう。
小さく息を吐くと、胸の奥がじんわり温かかった。
「……言葉が欲しいって言ったのは俺ですけど。でもさ、好きって、なんなんですか」
司が、少しだけ笑った。
「難しいこと考えるなよ」
そう言って、軽く奏汰の額に額を寄せる。
「必死でついてきて、考えて、迷って、それでも一緒に進もうとしてる。そんなお前が、俺はたまらなく可愛いと思ってる。
……それが、俺がお前を好きだって気持ちだろ?」
言葉は静かだった。
奏汰は、思わず司を見る。
確かにそうだ。司のやること、考えていることを追いかけて、置いていかれないように必死で、目が離せなくて。
それを好きと言うなら___
たぶん、そうなんだ。
「……でも」
奏汰が言いかけた、その瞬間。
「俺の方が、たぶん重い」
「……は?」
司は笑ったまま、囁く。
「離す気がねぇって意味」
肩に、軽く歯が触れた。噛むほどじゃない、印をつけるみたいな仕草だ。
「……っ」
奏汰は思わず息を詰める。くすぐったいのに、変に熱が残る。
「もう……犬みたい」
「失礼だな。ちゃんと人間だろ」
そう言いながら、司は肩から顔を離して、奏汰の額に自分の額を軽くぶつけた。
「逃げ道だけ用意して、都合いい距離で好きとか言うつもりはねぇから」
奏汰は、少しだけ黙る。そのあと、司を抱きしめる。
「……ほんと、反則」
「どこが」
「重いとか言いながら、そんなこと言うし」
司が、ふっと目を細める。
「それ、褒めてる?」
「……たぶん」
小さく笑うと、司はもう一度、今度は頬にキスを落とした。
「じゃあ……飯前に、もう一回やっとく?」
「げっ。マジ?」
思わず目を見開くと、司は肩をすくめて笑う。
「いいだろ。今日は休みだし」
「いや、そういう問題じゃ……」
抗議しかけた奏汰の額に、司の指が軽く触れる。
「時間はたくさんある」
そのまま、近い距離で囁く。
「俺にくれよ、奏汰」
言葉とは裏腹に、どこか子どもみたいな顔で笑う司に、奏汰は一瞬だけ言葉を失った。
「ほんと………もう」
言い終わる前に唇を塞がれた。奏汰は、拒む力は入らない。司は満足そうに笑って、奏汰を抱き寄せた。
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