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第21話

 シオンは調理場で氷嚢を作り、先ほどの部屋へと駆け足で戻る。  手の中には冷たい氷とそれを包む水でじっとりと濡れた感触がする。その冷たさが骨まで冷やしそうでシオンは慌てて戸を引いた。 「御無事でしょうか?」  さっと開いた引き戸の向こうで、ヴィクトールは気難しげな顔をして座り込んでいる。  その手は脇腹に添えられており、そこを強く打ったのだとシオンに教えた。 「……どうして戻ってきた」 「ど、どうして……って」  動けなくなっていたらと思ってのことだったけれど、シオンにぶつけられた言葉はぶっきらぼうで感謝らしい感謝の響きもないものだ。  シオンはどうして戻ってきてしまったんだろうと後悔しながらも、掌をじわじわと冷やしていく氷嚢をヴィクトールに差し出す。 「なんだ? これは」 「これは、氷嚢といって、熱が出たり腫れたり   」 「そんなことは知っている。お前はどうしてそれを持ってきた?」  「え?」と差し出したままの氷嚢を見て……シオンは理由が必要だったのかと戸惑う。  ヴィクトールが怪我をしているかもしれない、倒れて動けなくなっているかもしれない。  心配するにはそれで十分だと思っていただけに、氷嚢を持ってきたことを問い詰められたシオンは、どうしたらいいのかと首を振る。 「…………媚びか」 「え?」 「もういい、それを置いていけ」  近寄らせもせず、ヴィクトールは指先で足元を指して冷たいと感じるほど冷ややかな口調で言う。 「ぼ、僕はっ媚びで持ってきたんじゃない! お客さまが怪我をしてないか心配で  っ」 「心配?」 「――――っ、心配くらいっ! 僕らだってするんです!」  そう叫ぶと、シオンは手に持っていた氷嚢を振りかぶってヴィクトールに向けて投げつける。  ヴィクトールは咄嗟に目を閉じて痛みに備えたが、氷嚢はてんで関係のない場所にぶつかって落ちた。  そのあまりのノーコントロールぶりに……ヴィクトールの口から、ふ と空気が漏れる。 「  っ!」  笑われたのだと、シオンはサッと顔を赤くする。  娼館では何かを投げる動作をすることはなく、物を投げるなんてこと自体が初めてだったのだと、シオンは説明したかったけれどそれよりも羞恥が上回った。 「~~~~っ、お大事になさいませ!」  捨て台詞のように吐くと、シオンはその部屋を飛び出して調理室に駆け戻る。  どこかの角にはシオンをいじめてやろうとするフラグメントたちがいたかもしれなかったけれど、シオンは脇目も振らずに走り抜けた。    

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