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第4話

和也にとってそれは、どこか遠い世界の出来事だった。 そもそもテニスを始めた理由は体力作りであり、勝ちたいとか、上に行きたいという気持ちがあったわけではない。 コートの上で強豪校を相手に互角に打ち合う……。 そんな姿は、自分には縁が無いし、目指してもいなかった。 だから、羨ましい訳ではない。 むしろ、背伸びしてでもそこに参加したいとは思わない。 自分にはできないことを認めている。 少し突き放した視点で眺めているつもりだった。 けれど……。 大会メンバーが練習の最後に円陣を組み、汗と砂をまとった顔で声を合わせる姿を見ていると、胸の奥がわずかに熱くなる。 (自分には関係ない) そう思っているのに、なぜか心のどこかが動いてしまう。 亮介の、あの真っ直ぐで迷いのない横顔。 長い足をしならせて滑り込むようにベースラインを構え、ほとんど無駄のないフットワーク。 佳孝の、淡々としながらも確実に勝ちを拾いに行く眼差し。 三年生たちの、負けたら最後という覚悟の漂う表情。 それを見ていると、和也の胸の奥に、確かな(ざわめき)が生まれる。 ━━自分はあんな風にはなれない。 ━━でも、いいな…と思ってしまう 「羨ましい」とも「悔しい」とも違う。 混じりものの感情で、名前がつかない。 ただ、胸の奥に小さく温かい灯が揺れているようなそんな不思議な気持ちだった。 握ったラケットの重さだけがやけに実感として残る。 (自分も、もう少し頑張ってみようか) そんな言葉が喉元まで上がりかけては、すぐに消えていく。 その日もまた、きつい基礎トレーニングで汗をびっしょり掻いたあと、荒れたコートを整備して、テニスシューズの底にこびりついた土を叩き落とすと、ようやく練習を終えることができた。 部室に戻り、タオルで首筋や額の汗を拭う。 誰かが笑いながら今日の練習の愚痴をこぼし、別の誰かは無言でラケットのグリップを整えている。 和也は特に会話に加わることもなく、黙って自分の荷物をまとめた。 ラケットを背負い、靴ひもを結び直すと、外へ出る。 夕暮れに染まり始めた空は、昼の熱をまだ残しながらも、少しずつ色をおとしていた。 校舎の影が長く伸び、グラウンドからは微かな土と汗の匂いが漂ってくる。 疲れた身体は自然と落ち着いていった。 帰り道、風が吹き抜けるたびに、濡れたシャツがひんやりと肌に触れる。 今日も一日が終わった、その実感が、じわじわと胸の奥に広がっていった。 玄関の扉を開けるなり「ただいま」と小さく呟く。 「おかえり」 「おかえり」 数人の声が重なって、包み込むように彼を迎える。 和也の家族は、母と、母方の祖父母、妹、そして和也自身の五人。 父親はすでに他界しており、それでも彼らは寄り添いながら暮らしていた。

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