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第28話
送ってもらった車のドアが閉まり、外に足を踏み出すと、すでに太陽は高く昇っていた。
まぶしさに目を細め、深く息を吐く。
「ただいま……」
玄関の扉を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
母は台所で片付けをしていたらしく、エプロン姿のまま振り向いた。
「……昨日はゴメン…」
ああ、お帰り。いいよ…友達と久しぶりに会ったんだろ。夜、電話もらったよ。コヤマさんって言ってたね。そんな友達居たかい?母さん知らないね」
「部活の時の友達だよ…」
「それで、今、送ってもらったのかい?」
「ああ、そうだよ…」
「だったら母さん、挨拶して昨日のお礼言いたかったのに…」
「そんなことしなくていいんだよ。男はそういうこと気にしないから」
わざわざ会わせる必要はなかった。母には知ってほしくない。過去のこと…どんな関係があったなんて口が裂けても言えない。
「声の感じだけど、男らしくて、しっかりしてそうな人だったよ。まあ、
いいかなと思って、男同士だし、よろしくお願いしますって言っておいたよ」
“男同士だから大丈夫”…か、母にはそう聞こえたのだろう。
普通はそう思うのかもしれない……。
「それにしても珍しいね、お前…お酒なんか飲んだのかい?」
「ああ、成り行きっていうか、雰囲気っていうか…ついね、少しだけだよ」
そう答えると、早々に二階の自分の部屋へ向かった。
布団に寝転がり、天井を見つめる…昨日から今朝までの出来事が頭の中を巡る。
あの男は、過去のことを素直に認めて謝ってくれた。
それ自体、予想外のことだった。
……でも、なぜ今になって……
反芻しても答えは出ない…今日は日曜日、仕事はない。
資格を取る為の勉強はできるはずなのに、どうしてもやる気が起きなかった。
何もしない空間がもどかしい…気を紛らわせる為に外の景色をただぼんやりと眺めるだけだった。
翌朝、母の代わりに市場へ仕事に向かった。
和也にしては珍しく、知り合いを見かけると、やたら声を掛け回っていた。
余計なことを考えたくなかったのだ…午後には文房具の配達に小、中学校を回って、夕方に帰宅した。
部屋で一息つこうとした時、スマートフォンが震えた。
メールの着信だった……画面を開き、目を疑った…。
「一昨日は、無理を聞いてもらってありがとう。もし都合がよければ、来週も日曜日付き合ってもらえないだろうか?返事待っています。 佳孝」
「嘘だろう……!!」
まだ昨日のことじゃないか、こんなに早くメールが来るなんて……あの時、
ライン交換を求められて、ひどく動揺したのを思い出す。
佳孝という男について、自分はどう表現すれば良いのだろう…“嫌い”というのとは少し違う。
どちらかといえば“苦手”という言葉が近いかもしれない。
もし、正当な理由があれば、断りたかった…でもそんな理由は思いつかない。
嘘をついて適当に交わすこともできるかもしれない、しかし和也にはそんな器用な真似は到底できなかった。
昔から不器用なくらい律儀なのだ…それゆえ、過去にどれほど痛い目に遭ってきたことか……。
それにしても、返事をしなければ、二つに一つだ。
「了解しました」と、打っては見たけれど、なかなか送信ボタンを、押す勇気が出ない。
結局、一時間ほど悩んだ末に思い切ってボタンを押した。
間髪入れずに既読がつく。
「ああ、またあの男に会わなければならないのか……」
和也は、言いようのない深い溜め息を漏らした。
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