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第29話

和也は待ち合わせ場所に、ほぼ時間通りに着くと、佳孝はすでに待っていた。 「ゴメン、待たせた?」 和也が声を掛けると、佳孝は微かに首を振りながら答えた。 「いや、今来たところだよ」 和也が助手席に乗り込むと、佳孝は静かにエンジンを掛け車を発進させた。 しばらく沈黙が続いたのち先に口を開いたのは佳孝だった。 「この前は……ありがとう」 どこか照れくささを滲ませながら……。 「いえ、こちらこそ色々と気を遣ってもらって……」 和也は静かに答えた。 どこへ向かっているのか、あえて尋ねなかった、車内には穏やかな沈黙が流れていた。 「ねえ、サッカーって好きか?観たりすることある?」 ハンドルを握ったまま、佳孝が訊ねた。 「うん、テレビで時々ね、特別に応援してるチームがある訳じゃないけど、 ワールドカップの時は夢中で観てたよ」 「あれは特別だよな。国全体が熱くなるって感じがさ…」 少し声が弾んだ。だが次の言葉は少し控えめに…。 「実は、これからサッカーを見に行こうと思っているんだ。会社の取引先の関係で、時々チケットを貰えることがあってさ、今日は丁度二枚あるから、どうかなって思って…」 「へえ、そうなんだ。別に構わないよ、サッカーの試合を生で観るのは初めてだよ」 ふと、遠い記憶が胸を過ったのか、和也が言葉を続けた。 「プロ野球なら一度だけあるよ、小学校三年生の時、父親に連れて行ってもらったんだ。六年生の時に亡くなっちゃったんだけど、その時はまだ元気でね…球場で贔屓のチームの野球帽を買ってもらって、それを被って帰るとき嬉しかったな……父親との数少ない思い出の一つなんだ…」 佳孝はハンドルの向こうで、何も言わずに頷いた。 その沈黙は、和也の言葉を邪魔せず、ただ静かに寄り添っていた。 「あの……」と、言いかけたところで、和也は口を噤んだ、そういえば相手をどうやって読んだらいいのか悩んでしまう。 今まで一度も名前で呼んだことはない、同級生とは言っても、部活の時は雲の上の存在だった…その佳孝を気軽に呼び捨てにするなんて、やはり和也にはできなかった。 和也は、少し視線を横に向けて口を開いた。 「あの、確か僕と同じでお父さん居なかったんだよね?」 「ああ、そうだよ。俺の父親の思い出といえば、まだ幼かった頃、手を引かれてどこかの寺で鐘を鳴らしたこと。それと、大きな船に乗せてもらったことぐらいかな…顔も、はっきりとは覚えていないよ」 「ああ、ゴメン。悪いこと訊いちゃった?」 咄嗟に謝った和也に対し、首を横に振って……。 「そんなことないさ、和也が謝ることじゃない」 短い沈黙が続いたが、決して気まずいものではなかった。 お互いの記憶の中にある父親という存在を、そっと重ね合わせていた。

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