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第33話

カフェの駐車場を出ると、空はすっかり茜色に染まっていた。 山の稜線に沿って淡い光が伸び、並木の葉の影が長く地面に落ちていた。 空気は昼の温かさをまだ微かに残ってはいたが、吹き抜ける風には早くも 夜の気配が混じっていた。 遠くでは、農家の窓から漏れる橙色の灯りが、ちらほらと揺れ、空には早くも星が見え始めていた。 「……いい場所だったね」 和也が、ぽつりと呟いた。 「そうだね、ああいう静かな所、誰にでも教えている訳じゃないよ」 「どうやって知ったの?」 「やっぱり仕事関係かな」 「……そっか」 互いにそれ以上多くは語らなかったが、それでも十分だった。 空はすっかり夜の帳に包まれていた。 車のフロントガラス越しに見える山の稜線は黒く沈み、点々と散る家々の 灯りだけが、そこに人の暮らしがあることを物語っている 車はゆるやかな坂道を下り、県道に出た。 山道特有のカーブを慎重に抜けながらヘッドライトが路肩の雑草や立て札を照らしては通り過ぎていく。 エンジン音とタイヤがアスファルトをなぞる音だけが、一定のリズムで流れていた。 さらに車を走らせ、高速道路へと入っていく。 和也は、ずっと心に引っかかっていたことを口にした。 「……あのさ、今日のカフェのことも、この前のサッカー観戦も、すごく 楽しかったよ。どっちも初めての体験だったし。でも、もしかして…… 僕に気を使ってくれてるのかなって。もしそうなら、申し訳ないなって思って……。仕事、忙しいんだろ?遠くまで出張にも行ってるみたいだし…… せっかくの休みぐらい、身体を休めたいんじゃないかって……」 すると、佳孝は少し語気を強め、不機嫌そうに言った。 「そんなふうに思っていたのか?」 「えっ……!? そんなつもりじゃなくて……気を悪くしたらゴメン……」 和也は、バツが悪そうに視線を落とした。 だが、次の瞬間、佳孝はその空気を払うように穏やかな声に戻して言った。 「気にするなよ、俺が行きたかったから誘っただけだ。和也に無理をさせたつもりはない。それに…そうやって人のことを気に掛けるのが、お前の良いところでもあり、ちょっと損するところでもあるんだよな」 それでも和也の胸の奥には、どこか自分が佳孝に負担を掛けているのでは、という思いが消えずに残っていた。 「そろそろ、どこかで休憩しょうか」 佳孝の言葉に、和也は小さくうなずいた。 二回目の休憩を終える頃には、見慣れた町の風景がフロントガラスに映り始めた。 高層ビルのネオン、混ざり合う無数の車のテールランプ、そしてどこまでも続く人工の明るさ。 その中に帰って来たことを、身体よりも先に心が認識する。 けれど和也は、ふと、今日あのカフェで感じた柔らかな光と静けさを思い出していた。 自宅近くの住宅街に入る頃には、時計の針はもう九時を回っていた。 佳孝の車が、和也の家の前にゆっくりと停まる。 「……今日は、ありがとう誘ってくれて」 和也がシートベルトを外しながら言うと、佳孝は軽く首を振った。 「こちらこそ。お前と行けて良かったよ」 運転席の横顔は、街灯の光を受けて柔らかく照らされていた。 普段よりも少しだけ目元が優しげで、和也はなぜか、それ以上目を合わせることができなかった。 「じゃあ、また……」 佳孝は軽く手を挙げて、ゆっくりと車を発進させていた。 和也は、テールランプが角を曲がって見えなくなるまで、しばらく立ち尽くしていた。 (明日の仕事に支障がなければよいが……)そう呟きながら…。 心のどこかに、まだ言葉にならない想いが、そっと灯りのように残っていた。 その光が、明日も消えずにあることを、ただひっそりと願った。

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