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第36話
それから二人は、高校時代の仲間の話、昔よく行った店の話、同窓会で誰が一番変わっていたか――そんなどうでも良いのに大事な話を途切れることなく続けた。
――こうして話せることが、どれだけありがたいか。
過去を知る友人と、今を語り合えること。
たったそれだけで、自分が少し救われる気がした。
和也は相変わらず世間知らずで、同級生たちの現状などあまり知らなかった。
仕事と家の手伝いで日々が埋まり、昔の仲間のことを思い出す余裕さえなかったのだ。
ふと、懐かしさが胸の奥から湧き上がり、和也は祥太郎に身を乗り出して聞いてみた。
「なあ、祥太郎。あのさ……気さくで、やたら人気のあった宮内圭太。今、何やってんだ?」
祥太郎は少し驚いた顔をしたあと、「ああ」と頷いて、すぐ答えた。
「あいつか。家の稼業を継いだみたいだぞ。親父さんの店、結構ちゃんとしてたろ。結婚はまだしてないけど……本命の彼女がいるって話だ」
「へえ……圭太が……そうなんだ」
和也はカップを持ち上げながら、遠い記憶の中の圭太を思い出す。
やたらと人懐っこく、誰とでもすぐ打ち解けて、教室の中心にいた男。
そんな圭太が、家を継いで落ち着いている――そのイメージが意外で、でも妙に納得できた。
祥太郎は人差し指を軽く立てて、次の名前を挙げた。
「そういえば早々に結婚して、もう子供が二人もいるやつがいるぞ。何か……奥さんに尻に敷かれてるって噂もあるけどな」
「えっ、そんな奴もいるんだ!?なんか人生いろいろだな」
「だろ? だから面白いんだよな」
祥太郎は笑った。
それからも、祥太郎の口からは同級生の名前が次々と出てくる。
誰が地元に残り、誰が東京に出て、誰が結婚して、誰が転職したのか。
聞けば聞くほど、和也の頭の中には高校時代の顔が蘇り、教室の匂いまでが戻ってくるようだった。
(……みんな、生きているんだな。同じ時間を、それぞれの場所で)
自分だけが世界から取り残されたわけではない。単に、和也がそれを知らなかっただけだ。
「あと……そうだな」
祥太郎は少し考えるように言葉を探し、さらに二、三人の近況を続けたあと、ふと笑いながら和也を見た。
「和也、お前ほんと変わんねえな。同級生のこと、何も知らねえじゃん」
「悪かったな……そういうの疎くってさ」
「疎いってレベルじゃねえよ」
祥太郎が呆れたように言いながらも、その口元はどこか嬉しそうだった。
和也も苦笑しつつ、胸の奥が温かくなるのを感じた。
和也は少し間を置いてから、今度は逆に祥太郎へ視線を向けた。
「ところで、祥太郎は……彼女とかいるの? それだけ男らしくて逞しければ、誰もほっとかないだろ」
和也がそう尋ねると、祥太郎は照れたように笑って首を振った。
「まだまだ全然そんな気ないよ。仕事に燃えてるんだ。結婚するとしても、十年以上も先の話だな」
「そうか……」
「そういう和也はどうなんだ? 付き合ってる彼女でもいるのか?」
祥太郎にそう返され、和也の胸の奥に一瞬だけ複雑なものが走った。
自分のことを問われると、笑って済ませられない何かが心をかすめる。
「僕だって……全然そんな人いないよ」
和也はそう答えた。――答えておいた、と言った方が正しいかもしれない。
その時ふと、ある男の顔が脳裏を過った。奥村健吾。テニス部で世話になった、真っすぐで気のいい男だ。
和也は話題を変えるように、思い切って切り出した。
「なあ、奥村健吾って知らないか? 同じクラスにはなったことないんだけど、テニス部でちょっと世話になったんだ。すごくいい奴でさ。……お前、なかなか物知りだから何か知ってるかなって」
祥太郎は少し首を傾げ、記憶を辿るように目を伏せた。
和也はすぐに言い添える。
「ああ、いいよ。クラスも部活も違うなら分からないのは普通だ。余計なこと言ったな、ゴメン」
しかし祥太郎は、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「そいつって、もしかして元陸上部に入ってた奴か?」
「うん! そうそう、そうだよ」
和也は思わず目を輝かせた。
「だったら、多分あいつのことだな。サッカー部の時の友達に、そいつを知ってるって奴がいた。結構優秀な奴でさ……確か理系の国立大学出て、
仲間とITの会社立ち上げたって言ってたぞ」
「えっ……本当に? 凄いじゃないか」
和也は思わず声を上げた。
自分と少しでも関わった人物が、立派に生きている、成功している、そう聞くだけで、胸が温かくなる。
その後も二人は、同級生の近況や昔話に花を咲かせながら、時間を忘れて語り合った。
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