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第39話
佳孝が車を発進させると、すぐに和也が口を開いた。
「仕事、大変だったんだろう…?」
言葉は、ありきたりにならないように、何か本心に近い表現を探していた。
「連絡がなかったから、ちょっと気になっていたって言うか、心配してた」
努めて明るく言ったつもりだったが、自分の声が、どこかよそよそしく響いたような気がして内心ぎこちなさを覚えた。
「ああ、実は海外に行っていたんだ、ちょっとしたトラブルもあってさ、ネットも繋がりにくかったんだ。送信はしたんだけど、向こうで弾かれたかもな、予定よりも延びてしまって……連絡もできなくて、悪かった」
「やっぱり! こんなに長いから、そうかなって思ってた。仕方ないよ仕事が忙しいのは分かってたから……無事に帰ってこれて良かったよ」
和也は優しく、微笑んだ。
「ありがとう……それで、どこ行ってきたと思う?」
「えっ、さあ……見当もつかないけど…もしかして、アメリカ…とか?」
「うふふ……ケニア」
「ケ、ケ、ケニア!?」
思いもよらない国名を聞いて…思わず、すっとんきょうな声を出してしまった。
「ビックリだろ! 東南アジアなら数回あるけど、あんな所まで距離を伸ばしたのは初めてだ。都合のつく者がいなくてね、俺のところに回ってきたんだ。ライオンや象を見に行ってきたなんて思ってないだろ」
佳孝が冗談めかしに言うと、和也は笑いながら首を横に振った。
「いや、全然想像もつかなかった。ケニアって、あのアフリカだよね」
「そう、赤道直下。ナイロビっていう首都があって…大都会だぞ、そこで
数日滞在したんだけど思ったより現地での調整が長引いてしまったんだ」
想像もつかない景色が、佳孝の目の前に広がっていたことに、和也は思わず溜息をついてしまった。
「……すごいな、そんな遠くまで……」
どこか遠くの人のようにも感じられて、同時にそんな場所からまた自分の元へ戻ってきたという事実に胸の奥が不意に熱くなった。
「……でも、聞けて良かったよ、返事が無い間いろいろ考えちゃって…」
「悪かったな」
佳孝は短くそう言って、ちらっと和也に目をやった「ケニアのお土産があるんだ、ちょっと変なやつだけど…気に入ってくれるといいな」
「ほんと? 変なやつって……まさか、仮面とか?」
「さあ、どうだろうな」
珍しく佳孝が口元で笑った。信号待ちになった時、サイドブレーキを踏んで、後部座席の紙袋をごそごそと漁り、一つの小さな包みを取り出す。
素朴な布地に包まれ麻ひもで括られたその包みは、どこか手作りのような温かみがあった。
「ケニアの市場で見つけたんだ、和也が好きそうだと思って…」
受け取ると、和也はそっと麻ひもを解いた。中から出てきたのは、木彫りの動物の置物だった。
ライオン、象、キリン――丸みを帯びたデフォルメの彫刻で、表情がどれもどこかユーモラスだった。
「……可愛い」思わず笑みがこぼれる。
「なんか、ちょっと不器用なところがあるのに、すごく丁寧に作ってあって……こういうの好きかも」
「迷ったんだけどな…良かった!」
その一言に、和也はふと動きを止めた…心の奥を何かが柔らかく、温かいものが撫でていった気がした。
ずっと気になっていたこと――連絡が無かった日々、遠くへ行ってしまったような感覚。
けれどこうして、仕事が忙しいなか、佳孝が自分のことを考えていてくれたこと…選ばれたこの奇妙に優しい彫刻たちが、言葉よりもずっと雄弁にそれを物語っている気がした。
「……ありがとう」和也はそう言って、もう一度包みを丁寧に包み直した。
しばらく沈黙が続いたが不快なものではなかった。
すると佳孝が……。
「ナイターは、前に行った時とはまた違った雰囲気があって、夜の“国立競技場”は、もっと綺麗だぞ」
「ふうん……楽しみだな」
和也は静かに相槌を打った。
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