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第44話

そう思いながら、ドアを開けた佳孝の表情が見る間に強張った。 そこに立っていたのは、思いもよらない人物だった。 「ま、まさか……」 声にならない声を押し殺し、佳孝は咄嗟に玄関を飛び出し周囲を見回した。 まだ近くに和也がいるのではないかという妙な胸騒ぎがしたからだ。 「おい、何してんだ。誰か捜してるのか?」 低く投げかけられた声に、佳孝は動きを止めた…振り返ると、そこに立っていたのは、かつての親友……国島亮介だった。 「いや、何でもない…」 そう答えると、佳孝は彼と真正面から向き合った。 「久しぶりだな…」 亮介は微笑を浮かべながら言ったかと思うと「ちょっと上がらせてもらっていいか」と、遠慮もなく部屋の中へと入っていった。 「もっと喜んでもらえると思ったけどな…」 わざとらしく嫌味っぽく言いながら、亮介は足を止め部屋の空気を吸い込むように辺りを見渡した。 「何だこの匂い…? お前、こんな趣味があったのか?」 アロマの残り香に顔をしかめる亮介に、佳孝は一瞬言葉を詰まらせる。 だが亮介は、何かに気づいたように眉をひそめた。 「ちょっと待てよ……この匂い、どっかで……?」 鼻をひくつかせながら、記憶を探るように首を傾げている。  佳孝は、その話題をそらすように、わざと素っ気なく口を開いた。 「それより、どうしてここが分かった? 誰にも住所は教えてないはずだ」 亮介は肩をすくめ、気の抜けた笑い声をこぼした。 「地獄耳っていうか、風の噂っていうか…お前、転勤でこっちの戻ってきたんだろ?」 「亮介は東京にいるんじゃなかったのか?」 「今も東京の親の会社で働いているよ。でも実家はこっちだからな…たまには戻ってくるさ」 かつて、テニス部のリーダーと副リーダーだった二人……部活でも私生活 でも、確固たる絆で結ばれていたはずの彼らだった。 だが今…目の前の亮介はどこか他人のようで、佳孝の胸に微かな違和感が残る。 部屋に沈黙が落ちた後、亮介が低い声で切り出した。 「これも、風の噂で聞いたんだけどさ。お前…和也と付き合ってるって…… 本当か?」 佳孝の心臓が、一瞬ドクンと跳ねた……けれどそれを悟られぬように、平静を装いながら答える。 「そんな訳ない。久しぶりに此方に戻ってきて、たまたま再会しただけだ」 亮介だけには知られたくなかった…今の和也との関係も、自分の変化も……すべて。 「俺だって和也のことを忘れた訳じゃない。いろいろな女とも付き合った。けどさ、ちょっと美人だと思えば、すぐにうぬぼれて、気が強くて、我がままで……全く手に負えない。その点、和也はいいよ。素直でこっちの言うことも、ちゃんと聞くし……あんな扱いやすい奴、他にいないだろ?」 「やめろ!そんな言い方するの…」 佳孝は、苛立ちを抑えながらも静かに言い切った。 「あいつ、妙に色っぽかったよな、肌はすべすべで、腰はくびれてた。それに何といってもあの乳首…覚えているよな、お前の指技は凄かった。まさに圧巻だったよ、他の奴らはともかく和也の乳首をあそこまで大きくしたのはお前が一番貢献したと言っても過言じゃない」 佳孝は、その囚われに臆することなく静かに胸を張って言った。 「ああ、決して否定はしないよ。あの素直な屈服が愛おしかった。若さというものは時には残酷で無知だ。身体は貪欲で快楽を優先してしまったことは事実だ『若気の至り』それで済ませていいとは思っていない」 ひと呼吸おいて、言葉を続ける……。 「和也は確かに、軽率で無防備だった。それは純粋さから来るもので、責められるようなことではない。部活だって、あいつなりに頑張っていた。それを皆で寄ってたかって……自分たちの間違った行為で、心も身体も傷つけてしまったことを反省すべきじゃないのか」 すると亮介は、落ち着いた様子で口を開いた。 「言いたいことはそれだけか、だったら俺にも言わせてもらう…和也のこと、お前はどれだけ分ってる? あいつはMだよ。俺には分かる…その証拠に黙って俺たちに着いて来ただろ。誰にも知られず、秘密も守られた。本当に嫌だったらあそこまでするか。つまりそこまで嫌じゃなかったんだ、あいつなりに納得してたんだよ」 「勝手に都合よく解釈して、自分を正当化するな」 亮介は、「ふうん…」と溜息をついてから…。 「なあ、俺にも和也に会わせてくれよ」 「会いたいのなら自分で行けばいいだろ。家を知らない訳じゃない」 「急に俺が行ってもさ、どうなるか分からないだろ…だから相談なんだけど……」 亮介は一歩、佳孝の懐に踏み込むように身を寄せて、笑みを浮かべた。 「俺とお前の仲だ。和也を『シェア』しないか? 今度は二人だ」 「……何だと!?」 佳孝の声が震えた。 「また、あんなことを繰り返す気か? あいつは物じゃない」 「ああそうか…。でもな、言っておく、最初に和也に目を付けたのは俺だ。 あの変態オヤジと縁を切らせたのも、俺の父親を使って興信所に動いてもらったんだ。金も時間も全部、俺の親が負担した。だから俺に『権利』が ある。自分だけ聖人ぶって、いいとこ取りしょうなんて通用しないからな」 そう言い放つと、亮介は乱暴に扉を閉め、足音をたてて階段を降りて行った。 佳孝は、ただその場に立ち尽くすしかなかった…ようやく和也との心が少しずつ繋がってきたというのに……唇をきつく噛みしめる。 そしてその頃、階段を降りて行った亮介が、ふと足を止めた。 「あっ……あの時か!」 思い返す…さっき佳孝の部屋に向かう途中、階段ですれ違った男。 大きな荷物を抱えていて顔は良く見えなかったが、「すいません」と言ったあの声……その時、僅かに鼻をかすめた香り……今、佳孝の部屋でも感じた、あの匂いと同じだ。 「……まさか、あれが…」 あの時、佳孝の動揺は尋常じゃなかった。 関係のない他人相手に、あんな態度を取る訳がない。 つまり……あれが “和也” だったということか。 亮介は、階下の下から佳孝の部屋のドアを見上げるようにして、じっと睨みつけた。 その目に浮かぶのは、嫉妬とも執着ともつかない黒い光だった。

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