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第46話

配達を終えて、和也は角を曲がったところで不意に足を止めた。 頬に触れる風の冷たさに、晩秋の匂いが漂い始めていた。 「やっと見つけた……」 低く、どこか飢えたような声が背後から響いた。 振り向くと、そこに亮介が道をふさぐように立っていた…その影がアスファルトの上に長く伸びている。 和也は一歩引き、警戒するように亮介を見つめた。 「な、なんでここに……?」 「第六感ってやつかな……三十分でいい、時間をくれないか?」 「忙しいんだ、仕事の途中だから……」 「いいから着いて来い。近くに喫茶店がある…そこへ行こう」 そう言うと、亮介は有無を言わせぬ手つきで和也の腕を掴んだ。 「ちょ、ちょっとやめてよ、人が見てるだろ…!」 「見てりゃいい。俺たちのことなんて誰も知らないさ……とにかく、三十分でいい。話がある」 「ダメだってば。僕には関係ないだろ…話すことなんてない」 「関係ないだと!? 本気で言ってんのか?」 亮介の声が少しだけ低くなった…和也はその響きに思わず視線を逸らした。 「とにかく、今は行けないよ」 そう言って和也は、一歩退こうとした…だが亮介の手は強くて離れなかった。 その掌から伝わってくる熱が、妙に記憶の奥を呼び覚ました。 心の中で鳴っていた警鐘は、しだいに遠ざかってゆく……断ち切れない空気が、じわじわと肩にのし掛かってくるのを感じた。 「本当に、三十分だけ…?」 「ああ、約束する」 しぶしぶ頷くと、亮介は安心したように笑った。 「よし、じゃあ行こう」 和也は溜息をつきながらも、そのまま亮介の後に続いた。 心のどこかで(やめておけば良かった)と思いながらも、もう断ることはできなかった。 二人は向かい合って席に着いた…メニューも見ずに、亮介が店員に言った。 「ホット二つ」 和也は何も言わなかった…すぐに帰るつもりだったから、注文する気もなかったが、反論する気力もなぜか湧いてこなかった。 しばらく沈黙が流れた、和也の神経は妙に研ぎ澄まされていた。 「元気そうで、良かった」 「別に、普通だよ。何か用なんでしょ?」 「ああ、そうだったな…どうしても聞いておきたかったんだ。お前の口から、ちゃんと…本当に佳孝と付き合っているのか?」 その言葉に、和也は一瞬固まった。 「誰から聞いたの?」 「風の噂ってやつだ、地元なんて狭いもんだろ」 「付き合うなんて、そんな大げさなもんじゃないよ。サッカーを見に連れて行ってもらった。丁度チケットが二枚あるからって」 「そうかな? この間の様子じゃあ、そんな雰囲気って感じはしなかったな」 「佳孝は仕事が忙しいんだ、出張とかも多くて、そんな暇はないよ」 「“佳孝”…ねえ、そんな風に呼んでるのか?」 亮介の言葉に、和也は視線を伏せたまま答えず、無理に笑みを作って話題を変えた。 「ねえ。その後、テニスはどうしてるの? 昔は凄かったじゃないか」 亮介は「えっ?」というような顔をして、目の色を変えた。 「テニスね……都合のいい時だけチヤホヤされて、終わればアッサリ切り捨てられる。スポーツの世界なんて所詮そんなもんだよ」 吐き捨てるような言葉に、和也は小さな声で答えた。 「ゴメン。そんなつもりじゃなくて……」 気まずそうに、俯きがちに言葉をつなぐ…。 「いいよ。あんなもん長く続けられるもんじゃないさ……そういえば俺たち、一度もラリー組まなかったよな」 「まさか、とんでもない…僕なんか相手にならないよ」 「そんなことないって、あれぐらいでいいんだよ。今度、一緒にやろう」 その言葉に、和也はどう返してよいのか分からなかった…気まずさとも戸惑いとも言えない感情が胸に残った。 その時、佳孝のことを思い出した……しまった……メールを送らなければ、きっと心配している。 でも、今…この状況で連絡をすべきかどうか和也には判断がつかなかった。 迷いながらスマートフォンを取り出す……だが、その手の動きを亮介は見逃さなかった。 「おい! どこに電話をしょうとしてるんだ?」 「いや…何でもない、電話なんかしないよ」 そう答えて、スマートフォンをそっとポケットに戻した…結局メールは送れなかった。 「あの……もう約束の三十分は過ぎたし、そろそろ帰るよ」 そう言って、和也は自分の分のコーヒー代を払おうとした…だが、亮介はすっと立ち上がり静かに言った。 「そんなことしなくていい、一緒に出よう」 亮介に続いて和也も席を立ち、その後を追った…店を出ると、夕方の光が通りを赤く染めていた。 「コーヒー、ご馳走さま」 そう言って和也は足を止め、別れようとした…しかし次の瞬間、先ほどと同じように手首を強く掴まれた。 「えっ……!」 驚いた和也の目の前で、亮介は鋭い視線を向け、口元に薄い笑みを浮かべていた。 「このまま、すんなり帰れると思った?」 「それじゃ、約束が違うだろ」 「約束って……」 戸惑う和也に、亮介は続けた。 「お前ってさ、相変わらず素直っていうか、初心っていうか……そういうところ、本当にたまらないよな」 「何言ってるんだよ、もう帰してよ……」 和也は掴まれた手を振りほどこうと必死だったが、力では到底かなわなかった…その時、もう一方の腕を、見知らぬ男に掴まれた。 「えっ……!?」 事態が呑み込めないまま、和也は両腕を押さえつけられ身動きが取れなくなった…すると目の前に一台の車が音もなく止まった。 「これに乗るんだ…!」 そう言われるがままに、両側から腕を引かれ、和也は車の中へと押し込まれた。 ようやく、この誘いが初めから仕組まれていたことに気づき、自分の浅はかさを悔やんだ。

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