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第50話
せっかく心が通じ合うようになったのに……再会した時のような、どこかぎこちない空気が二人の間に漂っていた。
俯きがちで気落ちしている和也の様子を見て、佳孝が静かに言った。
「亮介とは話をつけてきた、もう心配しなくていい」
「……えっ、本当に!?」
和也は、俯いていた顔を上げ、ぱっと表情を明るくした。
「ねえ、どんな話をしたの? じゃなくて……どうやって説得したの?」
少し興奮気味に身を乗り出して尋ねる和也に、佳孝は肩をすくめて答えた。
「特別なことを言った訳じゃない。ごく当たり前のことを話しただけさ。亮介だって、根っからの悪人じゃないし、馬鹿でもない。誰だって自分の将来は自分で守るものだ、損な選択を選ぼうなんて普通は思わない」
そう言いながらも、佳孝の胸の奥には複雑な思いが残っていた。
自分が亮介に言ったことは、決して間違ってはいない。
跡を継ぎ、子を持つ相手を見つける……それは当然のことであり、亮介の将来の為でもある。
けれど、かつて同じ道を歩み、共に支え合い戦った親友だった…だからその気持ちをよく知っている、おそらくこの世の誰よりも自分は知っているからこそ……正論を突きつけた自分が、一番救いようのない奴に思えて仕方がなかった。
静かに何かを考え込んでいる佳孝を見て、思わず和也は声を掛ける。
「……どうしたの? なんだか元気がないように見えるけど……」
少し躊躇しながら、和也は続ける。
「もしかして僕のこと、不甲斐ないって呆れてる?」
そうやってすぐに自分を責めてしまう悪い癖に、佳孝はゆっくりと和也の方を向き、僅かに眉をひそめる。
「そんな訳ないだろ、もっと自信を持てよ」
それから、真摯な視線に代わると……。
「お前は大した男だよ」
「えっ…? それ、どういう意味……?」
驚いたように見返す和也に、佳孝は目をそらして言った。
「……分からなければ、それでいいさ」
和也の胸の奥に、じんわりと残った。
「ねえ……一つだけ聞いてもいい?」
それは、どうしても聞かずにはいられなかった問いだった。
「ん…何だ?」
「……どうして、あんなこと言ったの?」
「……あんなこと? あんなこととは……?」
和也は、どこか言いにくそうに、遠慮がちに言った。
「言ってたじゃないか、僕のこと“俺のもの”とか“大切な人”だって……」
「ああ…あれは嘘でも冗談でもないぞ、お前のことが好きだからに決まってるだろ」
迷いのない佳孝の言葉だった。
「えっ…本当に?」
「……何を今さら」
「いつから僕のことが好きになったの?」
「最初からだよ、初めて見た時からだ」
その言葉に、和也は一瞬唖然とした。
(最初って……テニス部に入った時……?つまり高校生、えっ……そんな……)
思考が追い付く前に言葉が口を突いて出た。
「……嘘だっ!!」
その声の大きさは、部屋に響くほどだった。
「嘘じゃない」
佳孝は即座に言い返す…声色は静かだったが、そこに迷いはなかった。
「だって……そんな素振り、全然見せなかったじゃないか!?」
和也の声は、泣き出しそうなほどに揺れていた。
「バカ……。男がそんなことでチャラチャラできるか」
佳孝は和也を見つめ、ほつりと続けた。
「ボール拾い、ネット張り、危なっかしいプレー、ランニング……いつも見てたよ。和也のこと、ずっと…」
「……そんな……そんなの知らなかった。好きだったら、なんで……なんであんな意地悪したんだよ……!?」
怒りとも、戸惑いともつかない感情に、和也は思わず身体を震わせていた。
目の奥が熱くなるのをどうすることもできなかった。
「そのことは悪かったと思ってる。言い訳はしない……。好きだったから、若かったし、仕方がなかった、不器用だったんだ……だから、謝りに行ったじゃないか」
それでも和也は、じっと佳孝を見ていた…どこか怯えた子供のような寂しげな瞳で……
その視線を見て、佳孝がぽつりと呟いた。
「やっぱり、許してはくれないのか?」
佳孝は、視線を落とし肩をがっくりと落とした。
和也は、すねた表情のまましばらく黙っていたが、やがて佳孝に背を向けると、肩を小刻みに震わせながら嗚咽を漏らした。
温厚な和也でさえ、この事実をすぐには受け止めきれなかったのだろう。
信じられないという思いと、裏切られたような衝撃が胸の中に渦巻き、よほどのショックを受けていたに違いなかった。
どれほどの時間が過ぎたのだろうか。
実際にはほんの数分だったのかもしれない、しかし二人にはそれ以上に長く感じられた。
重い沈黙が続いたあと、佳孝が静かに口を開いた。
「和也が心から許してくれるまで、俺はいつまででも待つよ」
それは静かでありながらも真っすぐに胸に響く誠実な声音だった。
和也はその言葉を聞くと、ゆっくりと顔を上げた。
怒鳴りもしなければ、涙を見せることもない。
ただ恐ろしいほど静かな表情で佳孝を見つめると、そのまま何も言わず玄関へ向かい、振り返ることなく部屋を出ていった。
扉の閉まる音だけがやけに大きく響き、そのあとには重苦しい沈黙が残された。
一人取り残された佳孝は、その場に立ち尽くすしかなかった。
あんな和也を見たことがない。
怒鳴られた方がまだよかった。
責められた方がまだ救いがあった。
だが、感情を押し殺したあの静かな怒りだけは、どうしようもなく恐ろしかった。
佳孝はそこでようやく、自分の浅はかさを思い知った。
どこかで信じていたのだ。
誠心誠意謝れば、和也は受け止めてくれると。
優しいあいつなら許してくれると。
しかし、それは傷つけた側の勝手な甘えでしかなかった。
自分が思っている以上に、あの日の出来事は和也の心に深い傷を残していたのだ。
追いかけたいと思った。
今すぐ追いかけて謝りたかった。
けれど足が動かない。
もし拒絶されたら。
もし二度と会いたくないと言われたら。
その恐怖に縛られ、佳孝は結局、その夜はLINEを送ることしかできなかった。
『もう一度話がしたい。ちゃんと話がしたい』
だが、そのメッセージに既読がつくことはなかった。
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