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第52話

佳孝のマンションに着くと、二人は部屋へ上がった。 以前何度も訪れたことのある部屋なのに、今日はどこか違って見える。 佳孝は、お茶を用意しようとしたが、和也は首を横に振った。 しばらく沈黙が続く。 先に口を開いたのは和也だった。 「佳孝さ……」 その声に佳孝が顔を上げる。 「謝りに来てくれたんだよね。慣れない笑顔を無理に精一杯浮かべてさ」 和也の声は穏やかだった。 その瞬間、佳孝の脳裏に初めて和也の前で土下座した日のことが浮かんだ。 不器用な自分なりに覚悟を決めて会いに行った日。 震えながら謝罪した日。 和也は少し目を伏せ、それから静かに続けた。 「この二週間、毎日来てくれたんだってね。母さんから聞いたよ」 その表情は少し笑い、少し寂しげだった。 「……ゴメン、意地を張りすぎて…」 すると佳孝は、咄嗟にそれを否定して… 「それは違う。和也は謝る必要なんかない!お前は何も悪くない。悪いのは全部俺だ、俺が悪いんだ」 それは叩きつけるような言い方だった。 「そこまで言わなくてもいいよ」 和也はいつまでも頑なに意地を張り続けられる人間ではない。 張り続けたところで何も得るものなど無いのだと…… 誰にだって過ちや失敗はある。 大切なのは、それに気づき反省し前に進もうとすることだ。 ましてや若さゆえの不器用さなら、和也自身にも覚えがある。 だからこそ、人のことを責め続ける資格など無いのだと自然に思えた。 「もういいよ昔のことは。今の佳孝が好きだから」 和也はそう言うと、逞しい佳孝の身体にそっと両手を回して抱きしめた。 その言葉を聞いた瞬間、佳孝の視界が滲んだ。 ずっと張り詰めていたものが音を立てて崩れていく。 「和也……!」 掠れた声で名前を呼ぶ。 そして佳孝は、ずっと胸の奥にしまい込んでいた本音をようやく口にした。 「実は今度の転勤だって偶然じゃない。自分から希望したんだ」 和也は驚いたように目を瞬かせた。 「お前に会いたかった。謝りたかった」 そこで一度言葉を止める。 「それと……好きだった」 佳孝はゆっくりと息を吐く。 「高校の頃からずっと」 和也は目を見開いたまま固まっていた。 長い沈黙のあと、涙ぐんだ顔で笑った。 その瞬間、佳孝はたまらなくなって和也を抱き寄せた。 今度は支配でも独占でもない、失いたくないと願うだけの抱擁だった。 二人は、初めてお互いを想いやるように激しく抱き合った…その温もりの中で和也が小さく呟くように口を開く……。 「あの時、亮介にキスされたよ。正直、最初は嫌だった。その時、佳孝の顔が浮かんで来て…だから抵抗したよ。でも亮介、すごく強引で激しくて……腕力だけじゃなくて、あの雰囲気に押されて抵抗できなくなった」 そこまで話すと、佳孝が僅かに眉をひそめ…不服そうに言った。 「それって、俺に妬かせてるつもりか?」 「だってそうじゃないか。僕のことそんなに前から好きだったのなら、どうして何もしてくれなかったの? 今までにチャンスなんかいくらでもあったじゃないか」 和也は泣きそうな目で、弱々しくも責めるように佳孝を見上げた。 「そんなことしたら、嫌われると思ったんだ。やっと心が繋がり始めたのに、もし強引に迫ってお前を失ったら…そう思ったら我慢するしかなかった…正直、辛かったぞ」 「そんな、我慢なんてしなくても良かったんだよ!」 和也はそう言って、拗ねた素振りで横を向いてしまった。 その言葉を聞いた佳孝は、少し間をおいてから毅然とした声で問いかけた。 「……いいのか?」 それだけ言うと、和也を抱き直し優しくもなく激しくもない、丁度いい加減で唇を重ねた。 和也も、そのキスに応えるように舌を絡め相手の呼吸に合わせた。 唇を離すと、佳孝は決意を帯びた声で言った。 「おい、家に電話しろ。今日は帰れないって言うんだ、理由は適当に話せばいい」 和也は戸惑いながらも頷き、スマートフォンを取り出し電話を掛けた。 「もしもし、母さん? あの、実は今日なんだけど………」 電話を終えると、ふと気になっていたことを思い出す。 「ねえ、佳孝って……前にこのマンションから僕の家に電話してくれたことがあったよね? あの時どうやって番号知ったの? 僕、教えた覚えないんだけど」 佳孝は、落ち着いた声で答えた。 「高校の時の名簿に載っていただろ」 「高校って、そんな昔のこと覚えていたの?」 「だから言っただろ。お前のことはいつも見てたって」 その言葉に、和也は胸の奥が熱くなるのを感じた……佳孝の想いが本物なのだと改めて強く実感したのだった。

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