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10)下がるツリ目とクローバー〈1〉

 陽葵が自宅のベッドでゆっくりと寛いでいると、スマートフォンに着信が入った。発信者は『鳴崎 要』と出ている。  応答を押すと、数日ぶりに聴く声。 〈やぁ陽葵、体調のほうはどうだい?〉 「はい、お陰様で。要さんも、先日はお忙しいのにありがとうございました」 〈可愛い弟と君のためなら、どこにだって駆けつけるよ〉  事件の日から五日後、陽葵はようやく退院し、大事をとって学校への復帰は来週からの手筈になっていた。 〈……君のあんな姿を見て、本当に心臓が止まりかけた。無理はしないでくれ〉  そういう要の声は、心底心配していたと言わんばかりに低くなる。  普段はどこか明るく陽気な言葉遣いをする人だが、自分はきっとよほど酷い状態で倒れていたのだろう。 「……ご心配を、おかけしました」 〈まだしばらくは『現場』の仕事は厳禁だよ、いいね?〉 「はい。ちょうど菖にも、しばらくうちには来なくていいと言われてしまいました」  陽葵は昨日退院してきたばかりなのだが、翌朝の今日、いつものように食事の世話などをしに菖の家に行ったら「寝てろバカ」と追い返されてしまった。  言われたことを思い返して笑っていると、要がそういえば、と口を開く。 〈あの『破魔の弓』、菖の手元に戻ってきたそうだね?〉 「えぇ、今週末の依頼も二人で行ってくれるそうなので、私はもう少し静養できます」 〈そうか、よかった。彼には、かなり怖い思いをさせてしまったから、もう厳しいかと思っていたけれど。……あんな逸材、そうそう手に入るものではないからね〉  菖が『飛べない破魔矢』であるならば、四葉はそれをより遠くへ、より強く飛ばすことのできる『破魔の弓』。彼らがこのまま強くなれば、鳴崎家にとってはこの上ない戦力になる。 「……存外強い子ですよ、四葉くんは」 〈そのようだね。安心して菖を任せられる〉 『護家』全体にとって、『破魔』の力を持つ人間は貴重だ。  鳴崎家に久々に現れた『破魔矢』が欠乏症を患ってしまったのは、本当に大きな誤算であった。しかし、偶然みつけた『幸運のクローバー』は、その誤算を大きく清算するに違いない。 〈この週末、陽葵は自宅で静養しているのかい? それならお見舞いに行こう〉 「え、お忙しいのでは?」 〈私は可愛い()()のお見舞いに行く時間を作るくらいには、甲斐性があるつもりだよ〉  陽葵はその言葉に、くすくす笑って答える。 「……分かりました。お待ちしています」  ──本当に、よく似た兄弟ですね。  通話を終えたスマートフォンをじっと見つめて、陽葵はもう一度だけ笑った。  ◇  約束の週末、土曜日。菖の呼んでいたタクシーに乗り込んで着いた『現場』は、隣町にある大きな遊興施設だった。  一階から二階がゲームセンターになっており、三階から六階がダーツやビリヤードなどの娯楽施設、その上の七階から九階の屋上までが駐車場になっている。  今回はこの八階にある駐車場の一角で、駐めてある車が動き出し、駐車場の通路を塞ぐ事故が起きたため、その原因を排除するのが『仕事』だ。  事故を起こした車はもちろん無人で、エンジンも止まっていたが、まるで巨人の指で弾かれたように、突然ドーンと飛び出す様子が監視カメラに残っていたという。これまでも度々起きており、その特定の場所を使用禁止にしたりしていたのだが、何故か勝手に使う人が後を絶たず、ついに駐車場から施設内へ移動中のお客さんがはねられる大惨事に。  そこで菖たち『祓い屋』に依頼がやってきて、八階の駐車場全体を一時的に閉鎖してもらい、問題となる悪霊の対処にあたった、のだが。  菖が新しい木刀を光らせて叩き切っただけで、その場に現れた悪霊はあっという間に霧散してしまったのだ。 「なんか、早かった、ね?」  残滓すら残さず、黒いモヤは揺らめいて消えてしまい、呆然と立ち尽くす菖のそばへ、影から見ていた四葉が近寄る。 「……いや、早かったっつーか。手応えも何もなかったというか、なんというか」  もしや今切ったのはダミーで、ものすごく強い本体が隠れているのでは? などと警戒もしたが、そんな様子は微塵もない。  物足りないとばかりに不服そうな菖に、四葉はどうしたものかと言葉を探す。 「あー、じゃあ菖くんが強くなったんじゃない?」 「まぁ、以前よりは霊力を強く出せるようになったな、とは感じるけど」  以前より出力を上げても、霊力切れでバテることはなくなってきた。蓄えられる霊力量が上がり、扱える量がより多く、強くなっているのだろう。 「木刀なのに、日本刀を使ってた時みたいな光り方してたし」  いつもなら刀身が光り輝くくらいだったが、今回は日本刀を使っていた時のように紫色に光る炎を纏っているように見えた。 「そうだな。新しい木刀だからどうかと思ったけど、だいぶ力が乗りやすいみたいだな。試しに持ってきて正解だった。あん時は妖魔に折られたせいで、全然試せなかったし」  菖が新調したという、青みのある灰色の木刀をまじまじと眺める。新しい相棒として、申し分はなさそうだ。 「あの日本刀は普段使いしないの?」 「あれはまだ俺には普段使いが厳しいな。意識した以上に力を乗せられるから、加減が難しい。下手すると霊力切れで倒れる。全力出したい時にはいいんだけどな」 「そうなんだ」  菖の兄である要から、自分に出会うまで「菖は日本刀を持つことすら出来ないレベルだった」と聞いていた。あの時は本当にギリギリ使えるレベルになったばかり、だったようだ。 「あ、『補給』は、いる?」 「……んー」  言われて菖は手のひらを見つめて確認する。しかしすぐ、すっと耳元に顔を寄せて。 「夜にたっぷりもらうから、今はいいや」  優しく囁いて、耳の縁を小さく噛まれる。 「ひゃっ!」  噛みついた人を見れば、なんとも満足そうな顔。 「ほら、行くぞ」 「……は、はい」  四葉は赤い顔で耳を押さえながら、施設内へ向かう菖の後をついていった。  依頼者であり管理人のいるスタッフルームまで行き、終わったことを報告する。すると、管理人がお礼の言葉と一緒に数枚の紙を差し出した。 「よかったら、遊んでいってください」  笑顔と一緒に渡されたのは、クレーンゲームの無料チケットで、それも何枚もある。きちんと報酬は『上』に払っているが、高校生ならぜひ遊んでいってほしい、という管理人の好意らしい。  あっさり『仕事』も終わり、夕飯を食べて帰るにはまだ早いので、二人はそれならば、と一階にあるクレーンゲームコーナーに移動した。 「……あんまりこういう場所、来ないんだよねぇ」  生来の不幸体質もあり、人の多そうな場所を避けて生きてきたので、こうして行けるようになったのはつい最近である。 「そうなのか?」 「菖くんはよく来たりするの?」 「まぁ、人並みには。仕事であちこち行くから、暇つぶしで遊んだりする時もあるし」 「そっかぁ」  一階にあるこのゲームコーナーは、全面ガラス張りになっていて、外から中の様子が見える仕組みだ。  四葉は単純にチケットをもらえてラッキーだなぁと思っていたのだが、菖がいるのに気付いた女性客が吸い寄せられるように中に入ってくる。  ──あ、なるほど。菖くんは客寄せパンダにされたのか。  抜け目のない管理人だなぁと思いながら、チラリと菖のほうを見た。ジーンズに、シンプルながら上品なシャツを合わせている程度だが、私服姿の菖は制服の時とまた違ってかっこいい。  四葉もいつもなら、自分が隣に立つのが少し恥ずかしくなってしまうのだが、今日はちょっとだけ自信がある。  実は『現場』に来る前。少し早めのお昼過ぎに待ち合わせたのだが、菖が普段購入しているというお店に連れて行かれ、そこで四葉の服を、靴も含めた上下一式買われてしまったのである。  ──最後の仕事の時、怖い思いをさせたり、ケガをさせたお詫びだって言われてもらったけど。  最初は断っていたのだが、そう言われてしまったのと、菖の隣で並んで歩くには『高い服』という防具でもないと、自分の精神が持たない気がしたので有り難くいただくことにした。  何着か菖の選んだものを試着し、着ていたものと試着したもの全てを購入されたうえ、そのままの状態で『現場』にやってきたのである。  ちなみに着替えの際に最初に見た一枚の値段が高すぎて、怖くて総額は聞けなかった。  なので、今着ているものは全部いいものだから、と少しだけ自信を持っている。  ──着られてる感がすごいけど……。  そんなことを考えながら店内を見てまわっていると、流行り物のぬいぐるみやグッズが景品になっているエリアになった。  その中に、あのツリ目の猫の、大きなぬいぐるみがある。 「あ、ツリ目猫!」 「……欲しいのか? あんなことあったのに」  確かに先日の妖魔は、ツリ目猫に扮していたので、あまりいい思い出はない。 「キャラクターに罪はないもん。それに……」 「ん?」  実はずっと思っていたことを、四葉は小さい声で言った。 「ちょっと、菖くんに似てるから、欲しいなって」 「……可愛いこといいやがって」  四葉の様子に、菖は少し照れたように笑って頭を撫でる。  それから貰ったチケットを使ってやってみると、菖は二、三回の挑戦であっさり取ってしまった。 「すごい! 菖くんクレーンゲーム上手なんだねぇ」 「まぁな」  両腕で抱えないといけないような、大きなサイズのぬいぐるみを、四葉はぎゅっと抱きしめる。半月のようなツリ目にヘの字に結んだ口、ヒゲはピンと上を向いていて、ドヤ顔をしているように見えた。 「ほかに欲しいやつあるか?」 「え、い、いいよ!」 「うーん、でも余ってるしなぁ」  そう言いながら、菖がまだ手元に残る無料チケットの束を眺める。 「さっきお菓子とるゲームあったから、あれとって、陽葵くんのお土産にするのは?」 「ああ、それでいいか」  そう言って二人は場所を移動した。

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