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第二章 無意識に選ばれた部屋2
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真由と会った夜から、十日ほどが過ぎた。あの日、無意識に直人の部屋へ向かったことを思い出すたび、胸の奥が妙に落ち着かなくなる。
だから俺は、その理由を考えないようにしていた。考えたところで、答えが出る気がしない。だから俺は、いつも通りの日常を続けた。仕事帰りに三好と顔を合わせて、食事をして、時々泊まる。それは契約のまま――少なくとも表面上は。
「……直人?」
自宅の玄関の鍵が静かに回る音で、目が覚めた。
休日の朝、昨夜から自宅のソファで寝落ちしていた身体を起こすと、三好が制服姿のまま傍に立っていた。肩にかけた無線機と、夜勤特有の疲れた空気がそこはかとなく漂う。
「起こしました?」
「いや……おかえり」
時計を見ると朝の七時前。夜勤明けの時間になっていた。
「先にシャワー浴びますね。汗くさいので」
「いいよ。タオル、いつものところだから」
三好は小さく頷いて、バスルームへ向かう。その背中を見送りながら、コーヒーを淹れた。ふたり分、何も考えずに。
シャワーの音が止んで、しばらくしてから三好が出てくる。髪は少し濡れたままで、部屋着に着替えている。俺の手元を見て、三好が驚いた顔を見せた。
「……あ」
「どうした」
「コーヒー、俺の分まで」
一瞬、言葉に詰まった。
「なんか……ふたり分淹れるのが癖になった」
「……ありがとうございます」
三好は笑ったが、その笑顔は少しだけ控えめだった。カップを受け取るために伸ばされた手は近いのに、表情だけがどこか遠く感じる。
「夜勤の仕事、何もなかった?」
すぐ傍にある、柔らかい表情を見ながら訊ねる。
「巡回だけです。とても平和でした」
警備員らしい答え。その「平和でした」という言い方が三好らしくて、自然と耳に馴染んで聞こえた。
「眠いだろ」
「仮眠は取ってますから。でも……」
三好は少し迷ってから、言葉を続ける。
「恒一、今日お休みですよね。このまま、少し一緒にいません?」
「寝る?」
「寝る前に……朝ごはんとか」
遠慮がちな言い方が、妙に気になる。断られると思っていたのだろうか。俺は、あえて笑いながら頷いた。
「簡単なものでいいなら」
「十分です」
フライパンで卵を焼く音が室内に響く。三好は椅子に座り、制服の名残が消えた肩を軽くさすっている。
「疲れてる?」
「はい。でも、嫌じゃない疲れです」
俺は一瞬迷ってから三好に近づき、利き手にそっと触れた。指先が少しだけ冷たい。
「手、冷えてる」
「仕事で、外にずっと立ってたので」
そのまま、包むように両手で温める。そこに、特別な意味はない――はずなのに、三好の動きが一瞬止まった。何度か目を瞬かせてから、俺を見上げる。
「恒一、こういうのは――」
「なに」
「条件、破ってません?」
どこか冗談めかした言い方なのに、目はやけに真剣だった。
「だって、直人の手が冷たかったから」
「それだけですか」
「それだけだ」
俺は率直に答えて三好の手をやんわりと放し、キッチンに戻って、卵焼きをフライパンから滑らせて皿に乗せた。
「冷める前に食べろよ」
「……はい」
ふたりで向かい合う朝の食卓。カーテン越しの光が、静かに部屋を満たしていく。
「恒一、この間はどうでした?」
「何が?」
「紹介された人」
味噌汁を飲み込むまで、一瞬間が空いた。
「……普通だった」
「そうですか」
それ以上、三好は聞かなかった。だから俺も、何も言わなかった。
実際この生活が、いつまで続くのかはわからない。それでも俺は、余計なことを考えないようにした。
(――これは役だ)
何度そう言い聞かせても、三好と過ごす朝は胸の奥が少しだけ温かくて、不思議と心地よかった。その理由だけは、まだ考えたくない。
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