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番外編 甘えが日常になる朝
変わった、と思ったのは朝だった。目を覚ますと肩が重い。いや正確には――重くて温かい。
「……直人?」
呼ぶと、胸元で小さく息をする気配が動いた。三好が、俺に寄りかかって寝ている。無意識だ、完全に。
昨夜、何かあったわけじゃない。ただ一緒に夕飯を食べて、テレビを見て、眠くなって――そのまま。
(……ああ)
以前なら、きっとこうならなかった。三好は必ず、どこかで距離を保っていた。
でも今は、違う。
起こさないように、ゆっくり息を整える。腕を回していないのに、勝手に近づいてくるのが可笑しい。
「……ん」
小さく寝言。額が俺の鎖骨に触れた。
(――直人、甘えてる自覚がないだろうな)
しばらくして、三好が目を開けた。
「……あ」
一瞬、状況を把握して固まる。
「……すみません」
「何が」
「寄りかかってました」
離れようとする前に、肩を軽く押さえた。
「いい」
「……」
「そのままで」
三好は、迷ったように一度瞬きをしてから――ほんの少し、体重を預け直した。
それが、たまらなかった。
朝食の準備をしていると、背中に気配が近づく。
「……恒一」
「ん」
「コーヒー、俺が淹れます」
「いい」
「でも」
言いながら、エプロンの裾を指でつまむ。引っ張るわけでもない。離してほしいわけでもない。
ただ、そこにいる確認みたいな仕草が可愛くて――。
「直人」
「はい」
「それ、何」
「……癖になりそうなので、やめようかと思ってます」
困ったように笑う。照れた顔を見せないように、俯かせているのも可愛い。
「恒一に甘えるの、困りますよね」
フライパンを置いて、三好を見るために振り返る。
「俺は困ってない」
「……」
「それが当たり前になっただけだ」
その言葉に、三好の表情が一瞬止まった。
「当たり前……」
「ああ」
すると目の前にある肩の力が、ふっと抜けたのがわかった。
「……それなら」
三好は柔らかく微笑んで、小さく息を吐く。
「安心して、続けられます」
食後、ソファで並んで座る。特別な会話はない。それでも、気づけば三好は俺の腕に軽く触れている。
指先だけ。絡めない。でも、離れない。
(……無意識だな)
以前は、触れる前に必ず“許可”があった。今は違う。必要だから、そこにいる。
テレビの音に紛れて、三好がぽつりと言った。
「……俺」
「ん」
「甘えるの、下手ですよね」
「そうだな」
「でも」
一瞬、間を置いて。
「恒一に受け止めてもらえるって、知ってしまったので」
そのまま、肩に頭を預けてくる。抵抗も、言い訳もない。
「もう……戻れないですね」
「戻らなくていい」
俺は何も足さず、何も引かずにそう答えた。
甘えは、特別なものじゃなくなった。愛情表現でも、確認作業でもない。ただ、生活の一部。
選ばれた証明を、毎回しなくていい日常。それが、何よりも尊かった。
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