22 / 42
第十七章 甘えが日常になる朝
変わった、と思ったのは朝だった。目を覚ますと肩が重い。正確には——俺の胸に、三好がすっぽりと寄りかかって眠っていた。
「……直人?」
小さく呼ぶと、胸元で三好の息がふわりと動いた。完全に無意識だ。昨夜は、特別なことをしたわけじゃない。ただ一緒に夕飯を食べ、テレビを見て、眠くなって——そのまま。
(……ああ)
以前なら、きっとこうならなかった。三好は必ずどこかで距離を測り、俺が先に寝落ちするのを待っていたはずだ。
でも今は、違う。起こさないように、そっと腕を回す。三好の額が俺の鎖骨に触れ、柔らかい髪が首筋をくすぐる。寝息が規則正しく、安心しきった音を立てている。
「……ん」
小さな寝言と、安心しきった寝顔がかわいい。
(――直人、甘えてる自覚がないだろうな)
その無防備さが胸の奥を甘く溶かした時、三好が薄っすらと目を開けた。
「……あ」
一瞬、状況を把握して固まり、三好の顔が一瞬で赤くなる。
「……すみません」
「何が」
「寄りかかってました」
慌てて離れようとする前に、肩を軽く押さえた。
「いい」
「……」
「そのままで」
三好は、迷ったように一度瞬きをしてから――ほんの少し、体重を預け直した。その小さな動作が、たまらなく愛おしかった。
その後、目覚まし時計の音でベッドから抜け出し、朝食の準備をしていると、背中に気配が近づく。
「……恒一」
「ん」
「コーヒー、俺が淹れます」
「いい」
「でも――」
言いながら、エプロンの裾を指でつまむ。引っ張るわけでもない。離してほしいわけでもない。
ただ、そこにいる確認みたいな仕草が、やけにかわいくて――。
「直人」
「はい」
「それ、何」
三好は困ったように笑い、俯いたまま小さな声で答えた。
「……癖になりそうなので、やめようかと思ってます」
照れた顔を隠すようにうつむく姿がかわいくて、俺は思わず振り返って三好を抱き寄せた。
「四六時中、恒一に甘えるの……困りますよね」
三好の声が恥ずかしそうに掠れる。俺は三好の腰を抱き、額を額にくっつけた。
「俺は困ってない」
「……」
「それが当たり前になっただけだ」
その言葉に、三好の表情が一瞬止まった。
「当たり前……?」
「ああ」
すると目の前にある肩の力が、ふっと抜けたのがわかった。
「……それなら」
三好は柔らかく微笑んで、小さく息を吐く。
「安心して、続けられます」
食後、ソファで並んで座る。特別な会話はない。それでも、気づけば三好は俺の腕に軽く触れている。
指先だけ、深く絡めない。でも、離れない。
(……無意識だな)
以前は、触れる前に必ず許可を求めるような視線があった。今は違う。必要だから、そこにいる。
テレビの音に紛れて、三好がぽつりと言った。
「……俺」
「ん」
「甘えるの、下手ですよね」
「そうだな」
「でも」
一瞬、間を置いて。
「恒一に受け止めてもらえるって、知ってしまったので」
そのまま、肩に頭を預けてくる。いつも口にする抵抗も、言い訳もない。
「もう……戻れないですね」
「戻らなくていい」
俺は何も足さず、何も引かずにそう答えた。
甘えは、特別なものじゃなくなった。愛情表現でも、確認作業でもない。ただ、生活の一部。選ばれた証明を、毎回しなくていい日常。それが、何よりも尊かった。
三好の体重が、俺の肩に安心したように預けられる。俺はそっと三好の髪を撫でながら、静かに思う。
もっともっと欲張りになっていい。俺は三好の全部を、ちゃんと欲しがっているから。
ともだちにシェアしよう!

