17 / 24
番外編 「教育的指導」という名の溺愛過剰供給
三好直人は、現在とても困っている。原因は明確だ――高瀬恒一が離れない。
しかも朝から。平日の出勤前。キッチンでコーヒーを淹れている俺の背中に、ぴったりと高瀬の胸が当たっている。
「……恒一」
「ん?」
「近いです」
言った瞬間、腰に回された腕がむしろ強くなった。
「同棲してるんだから、これくらい普通だろ」
「普通の基準がおかしいです」
そう言いながらも、俺は一歩も動けない。なぜなら、高瀬の顎が俺の肩に乗っているからだ。
重い。温かい。そして、やけに落ち着いた呼吸が首元にかかる。
「直人さ」
「はい」
「まだ遠慮してるだろ」
ぎくりとする。
「してません」
「嘘」
即答で切り捨てられた。
「洗濯物も、寝る位置も、ソファの座り方も意識してる」
「……」
「全部、俺を避ける方向に最適化されてる」
(――最適化って何だ? 忙しくて疲れている恒一の負担にならないように、配慮していただけなのに)
「直人には、教育が必要だな」
「なぜ、そこで教育になるんですか」
そう言った瞬間、頬に柔らかい感触。
――キスされた。しかも軽くじゃない。頬、こめかみ、首筋と、間髪入れずに。
「っ、ま、待って」
「待たない」
宣言と同時に、脚まで絡めてくる。さらに密着度がアップした。
「恒一、出勤前なのに……困る」
「だからだろ」
「意味が……」
「直人が甘えないから、俺が甘やかす」
理不尽すぎる理屈に言葉を失っていると、今度はソファに引きずられた。
座らされる、ではない。高瀬の膝に乗せられる。
「……あの」
「逃げない」
肩を抱き、背中を撫で、指先で耳を触る。
「ほら」
「何がですか」
「何も言わずに、身を預ける練習」
そんな練習、聞いたことがない。でも高瀬の手は迷いがなくて、触れ方がやけに優しい。
逃げ場を塞ぐくせに、乱暴にはしない。それが余計に困る。
「直人」
「……はい」
「俺に触られるの、嫌か?」
即座に首を振った。
「……嫌じゃ、ないです」
正直すぎたかもしれない。でも噓はつきたくなかった。
高瀬は満足そうに笑って、俺の額に額を当てた。
「なら合格」
「何が」
「教育、進捗良好」
そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。俺はしばらく、腕の置き場がわからず硬直していたが、諦めて背中に手を回した。
……ほんの一瞬だけ。それだけで、高瀬の機嫌が目に見えて良くなるのだから、卑怯だ。
「直人、自分から来るの初めてだな」
「違います、これは……」
「甘え」
断定されたせいで、心臓がうるさくなる。
「教育的指導、続行決定」
「まだやるんですか」
「毎日」
そんなの――困る。困るはずなのに。高瀬の胸に顔が埋まって鼓動を聞いていると、どうでもよくなってしまった。
俺は小さく息を吐いて、観念した。
「お願いですから……手加減、してください」
「それは無理」
相変わらず即答だった。
――同棲しても、相変わらず甘え下手な三好直人は、本日も高瀬恒一の“教育”に翻弄されている。
しかも、少しずつそれを――嫌じゃないと思い始めているのだから、どうにも救いがない。
ともだちにシェアしよう!

