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第十九章 「教育的指導」という名の溺愛過剰供給
三好直人は、現在とても困っている。原因は明確だ――高瀬恒一が離れない。しかも朝から。
平日の出勤前。キッチンでコーヒーを淹れている俺の背中に、ぴったりと高瀬の胸が当たっている。
「……恒一」
「ん?」
「近いです」
言った瞬間、腰に回された腕の力が強くなった。
「同棲してるんだから、これくらい普通だろ」
「普通の基準が、明らかに間違ってます」
そう言いながらも、俺は一歩も動けない。高瀬の顎が俺の肩に乗っかり、首筋に熱い吐息がかかる。重くて温かくて、落ち着いた鼓動が背中に直接伝わってくる。
「直人さ」
「はい」
「まだ遠慮してるだろ」
ぎくりとする。
「してません」
「嘘」
即答で切り捨てられた。
「洗濯物の干し方も、寝る位置も、ソファの座り方も意識してる」
「……」
「全部、俺を避ける方向に最適化されてる」
(――最適化って何だ? 忙しくて疲れている恒一の負担にならないように、配慮していただけなのに)
「直人には、教育が必要だな」
「なぜ、そこで教育になるんですか」
抗議した瞬間、頬に柔らかい感触が落ちた。
「ちょっ!」
高瀬は容赦なく頬、こめかみ、首筋と、連続でキスを落としてくる。
「っ、ま、待って」
「待たない」
宣言と同時に、肩を抱き寄せられる。しかも顔が近い――さらに密着度がアップした。
「恒一、出勤前なのに……困る」
「だからだろ」
「意味が……」
「直人が甘えないから、俺が甘やかすしかない」
理不尽すぎる理屈に言葉を失っていると、今度はソファに引きずられた。座らされる、ではない。高瀬の膝に乗せられる。
「……あの」
「逃げない」
高瀬は俺の肩を抱き、背中をゆっくりと撫でる。指先が耳を優しく撫で、首筋をなぞる。
「ほら」
「何がですか」
「何も言わずに、身を預ける練習」
そんな練習、聞いたことがない。逃げ場を塞ぐくせに、乱暴にはしない。それが余計に困る。
「直人」
「……はい」
「俺に触られるの、嫌か?」
即座に首を振った。
「……嫌じゃ、ないです」
正直すぎたかもしれない。でも噓はつきたくなかった。
高瀬は満足そうに笑って、俺の額に額を当てた。
「なら合格」
「何が」
「教育的指導、進捗良好」
そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。俺はしばらく、腕の置き場がわからず硬直していたが、諦めて高瀬の背中に手を回した。
……ほんの一瞬だけ。それだけで、高瀬の機嫌が目に見えて良くなるのだから、卑怯だ。
「直人、自分から来るの初めてだな」
「違います、これは……」
「甘え」
断定されたせいで、心臓がうるさくなる。
「教育的指導、続行決定」
「まだやるんですか」
「毎日」
そんなの――困る。すごく困るはずなのに。高瀬の胸に顔が埋まって鼓動を聞いていると、どうでもよくなってしまった。
俺は小さく息を吐いて、観念した。
「お願いですから……手加減、してください」
「嫌だ」
「即答ですか」
「今さらだろ」
相変わらずの押し問答だった。
――同棲しても、相変わらず甘え下手な三好直人は、本日も高瀬恒一の教育に翻弄されている。
しかも、少しずつそれを――嫌じゃないと思い始めているのだから、どうにも救いがない。
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