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第三章 条件を守るための嘘2
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高瀬の住むマンションから帰ったあと、部屋はひどく静かだった。閉まった玄関の扉を見つめたまま、しばらく動けない。空気が一段冷えた気がする。
ようやくソファに腰を下ろし、両手で顔を覆った。
「俺……最低だな」
口から漏れた声は、自分でも驚くほど掠れていた。
『都合がよかった』『便利だった』『近くにあった場所だった』なんて、全部嘘だ。そんなはずがない。
あの日、高瀬がはじめて彼女と会った帰りに、この部屋へ来た時。俺の部屋にいる姿を見た瞬間、素直に嬉しかった。それは、どうしようもないほど。胸がぎゅっと痛くなるくらいに――。
あの後、高瀬と普通に会話するのに、どれだけ苦労したか。自身の歓喜を悟られないように、しっかり仮面を被って対応した。
大学時代からずっとそう。高瀬は人の懐に入るのが上手い人だった。気付けば隣にいる。気付けば心配している。気付けば助けてくれる。だから、勘違いしそうになる――自分だけが特別なんじゃないかと。
契約を始めた日も同じだった。
『本命ができるまでの間、恋人でいてくれない?』
そう提案された時、本当は断るべきだった。好きだった、ずっと前から。友達のままではいられないくらい。
でも、好きだから引き受けた。これまで離れていた分、彼の近くにいたかった。その結果、手放したくないものばかり増えてしまった。
最初に笑いながら名前を呼び合い、互いの合鍵を持って朝ごはんを一緒に食べて。まるで恋人みたいな時間を、これまで積み重ねた。本当は全部、借り物だとわかっていたのに――。
だから怖かった。高瀬が本当に誰かを好きになった時、自分が手放せなくなるのが。
『少し、都合がよかったです』
そう言った時の高瀬の顔を思い出す。明らかに傷ついていた。でもあの時は、ああ言うしかなかった。
期待してはいけない。深入りしてはいけない。それは契約の条件だった。そして何より――自分自身を守るための条件だった。
「……好きなんですよ」
誰もいない部屋で呟く。当然、返事はない。
「だから、俺から終わらせないと。これ以上、お互い傷つかないためにも……」
そうしなければ高瀬が幸せになる未来を、俺は笑って見送れなくなる。
息を吐きながら目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、優しく手を温めてくれた朝。名前を呼ぶ低い声。帰る場所みたいに、この部屋を選んだ夜。
全部、忘れなければならない。名前を呼ぶ声も朝ごはんの匂いも。「おかえり」と言ってくれた夜も全部――。
「ひっ……ううっ……」
それなのに、涙だけはどうしても止まらなかった。
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