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第四章 距離を置いたふたり

 三好と距離を置くようになって、一週間が過ぎた。互いに、連絡が途絶えたわけじゃない。必要なやり取りは、今まで通り続いている。 『今日は夜勤です』 『了解』 『お疲れさまです』 『ありがとう』  たったそれだけ――以前ならその後に続いていた何気ない会話が、自然となくなった。  仕事帰り、自宅のドアを開ける。しんと静まり返った真っ暗な部屋が迎えてくれた。 「……ただいま」  言ってから苦笑する。三好がいないのに、返事なんてあるわけがない。  スーツを脱ぎ、ネクタイを緩める。冷蔵庫を開けると、適当に買った総菜とビールが並んでいた。  腹は減っている。それなのに食欲が湧かない。それでも何か食べなければと、電子レンジに総菜を入れながら、ふと思い出す。 『恒一、今日は魚です』 『カボチャの煮物、少し味が濃かったかもしれません』 『味噌汁、おかわりありますよ』  いつの間にか、それが当たり前になっていた。  テーブルにパソコンを置き、適当な動画を流す。内容は頭に入らない。結局、ほんの少しだけ総菜に手をつけてビールを飲み干し、箸を置いた。  驚くほど静かだった。今までだって、一人暮らしだったはずなのに。  風呂上がり、洗面台の前で髭を剃る。替刃の切れ味が悪い。新しいものを買わなければと思った瞬間、胸の奥が妙にざわついた。  前は、気づけば補充されていた。俺が頼んだわけでもない。いつからだったかも覚えていない。ただ、なくなる前に新しいものがさりげなく置かれていた。  そういえば、一度だけ聞いたことがある。 『なんで、わかったんだ?』  替刃を見ながら訊ねると、三好は不思議そうな顔をした。 『恒一、毎朝使ってるじゃないですか』 『それだけで?』 『はい。だいたい減るペースはわかります』  そんなことを当然みたいに言われて、思わず笑った。 『おまえ、家政婦に向いてるな』 『褒めてませんよね、それ』  少し拗ねた顔をした三好が可笑しくて、しばらく二人で笑い合った。 「……」  鏡の中の自分と目が合う。そこで初めて気づく。俺は、三好に世話をされていたんじゃない。気にかけられていたってことを――。  次の日、帰宅してソファに座る。視線の先にスマートフォンがある。三好に連絡しようとして、やめた。用事はない。用事がないなら連絡しない。それが今のルールだった。  条件を守る・期待しない・深入りしない。全部、自分で決めたことだ。それなのに、守れば守るほど苦しくなる。  数日前、三好は言った。 『合鍵を使うのも、用事がある時だけにしませんか』  あの時の顔が忘れられない。確かに彼は笑っていた。なのに、どこか泣きそうだった。  仕事中も、ふと考えてしまう。今頃何をしているんだろうって。夜勤中だろうか。ちゃんと食事は取っているだろうか。仮眠はしっかり取れているだろうか。無理していないだろうか、なんて――。  そんなことを考える資格はない。だって、俺は恋人役なのだから。そう思うのに、気づけば考えている。考えないようにしても、勝手に浮かんでくる。  ソファの背もたれに体を預け、天井を見上げた。  やけに静かな部屋だった。何も変わっていない。家具も配置も、一週間前と同じだ。なのに、何かが足りない。それが何なのか、もう気づいている。気づいているのに、どうしても認めたくなかった。 「俺は、どうしたいのか――」  会いたい。その言葉と会いたい人物の顔が、ふっと頭の中に浮かぶ。用事なんてない。会いたい理由も説明できない。それでも――。 「……直人」  誰もいない部屋で名前を呼ぶ。当然、返事はない。それでも胸の奥だけが、ひどく痛んだ。

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