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第五章 友人でいるという選択

 高瀬と出会ったのは、大学一年の春だった。新歓の帰り道、サークル棟の前で配布資料を落とした俺に、真っ先に駆け寄ってきたのが高瀬だった。 「大丈夫?」  屈んで紙を拾い集めながら笑う顔が、妙に印象に残った。それ以来、高瀬は自然と俺の隣にいることが多くなった。  二年生になる頃には、少しずつ気持ちが変わっていった。  高瀬の笑顔を見るだけで胸がざわつき、隣に座られるとまともに話せなくなる。他の後輩に同じように優しくしているのを見ると、胸の奥がちくりと痛んだ。  そして、二年の冬。風邪を引いて講義を休んだ日、熱が38度を超え、身体が重くて起き上がるのも辛かった。  ベッドでうとうとしていた夕方、インターホンが鳴った。ふらつく足取りで玄関を開けると、そこに高瀬が立っていた。 「……高瀬、先輩?」 「ノート」  ぶっきらぼうにそう言って、紙袋を差し出す。中には丁寧にまとめられた講義ノートと、スポーツドリンク、栄養ゼリー、それに小さな氷枕まで入っていた。 「飯、ちゃんと食えよ。無理すんな」  高瀬は俺の顔を見て、わずかに眉を寄せた。 「顔、真っ赤じゃん。大丈夫か?」  熱のせいでぼんやりする頭で、それでも俺は必死に頷いた。ドア枠に寄りかかっていないと、どうにも立っていられなかったが、彼に心配させたくなくて無理をしながら「大丈夫です」と答える。  高瀬は一瞬迷ったあと、俺の額に軽く手の甲を当てた。その冷たい感触に、俺の心臓が大きく跳ねた。 「……ちょっと熱いな。ちゃんと薬飲んだ?」 「はい……」  声が上擦る。こんな至近距離で高瀬の顔を見るのは初めてだった。心配を表すようにわずかに歪んだ眉の下にある、俺の顔を覗き込む真剣な瞳、整った鼻筋。全部が、熱で朦朧とした頭に焼きついた。 (やばい……こんなときなのに、なんでこんなに……)  高瀬は紙袋を俺の手に持たせると、軽く頭を撫でてきた。 「治ったら返せ。無理して大学に来るなよ」  それだけ言うと、さっさと踵を返した。扉が閉まる直前、俺は思わず声を出した。 「……高瀬先輩」  高瀬が立ち止まって振り返る。 「なんで、俺なんかのために……わざわざ」  高瀬は少し困ったように笑って、肩をすくめた。 「そんなの、三好が心配だったからだよ。他に理由なんかいるか?」  その瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。  熱で火照った頰が、さらに熱くなる。心臓が痛いほど鳴って、息が上手くできない。ドアの向こうに消えていく背中を見つめながら、俺はようやく自覚した。  ——俺は、この人が好きだ。先輩としてじゃなく、男として。  誰にでも優しい高瀬のその優しさを、俺だけに向けてもらいたいと本気で思ってしまうほどに。  閉まった扉の前で、俺は額に残る高瀬の手の冷たさを感じながら、ぼんやりと繰り返した。  好きだ。どうしようもなく好き――。  それでも俺は、その気持ちをすぐに押し殺した。高瀬は誰にでも優しい人だ。俺だけが特別なわけじゃない。それをわかっていながら好きになるのは、自分勝手すぎると思った。  だから決めた。友達でいようと。隣にいられるだけで十分だ。そう思うことにした。  それなのに、何年もかけて積み上げた覚悟は——彼に抱かれて恋人役になった瞬間から、少しずつ音を立てて壊れていった。  壊れるなら、もっと早く壊れてくれればよかったのに。

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