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第9話 エストレヤ イグニス

目覚めるとグラキエス様の顔が目の前にあった。 夢から覚めてもグラキエス様がいるのは昨日の事が夢ではなかったってことだよね? あのグラキエス様と僕が? グラキエス様はとても有名な方だった。 アティラン グラキエス。 公爵家で王子の婚約者。 爵位や王家への長年の貢献で選ばれただけでなく、アティラン様本人も幼少時代から神童と呼ばれていた。 今でも優秀なのは当然だが、魔法に関しても逸材と言われるようになっていた。 それでもどこか能力を隠している雰囲気だと囁かれているくらいだった。 そんな完璧な人を誰も王子の婚約者から引きずり下ろそうなんて考えていなかった。 その理由としてはグラキエス様は国にとってとても重要な人材だからと言うのが表向きであり、内心では多くの貴族が第二王妃に自身の子をと考えていた。 何故ならば、王子とグラキエス様の関係は誰が見ても冷えきったもので互いに義務で婚約者をしている、そんな態度だった。 なので、多少自身の子が劣っていても第一王妃のグラキエス様が全ての執務を熟し子を生むのが第二王妃の仕事にすれば良いと囁かれるようになった。 それでも婚約中に「第二王妃」を決めるのはグラキエス様に失礼であり公爵家の反感を買うことにも繋がり恐れた為、暗黙の了解で結婚後一年経ってから話を持ち出すことになっていた。 王子の結婚の翌年に僕達婚約者の居ない者が王子を取り合う熾烈な争いが起こると言われていた。 僕のような立場でも聞こえてくる噂なのでグラキエス様本人の耳にも入っていたことだと思う。 それでもグラキエス様は気にすることなく孤高な人だった。 僕はお父様から第二妃候補の一人だと聞かされ、更に学園の三年間婚約者を決めることはしないから「王子に近付きなさい」と言われた。 そんなことを言われても王子とは面識は一方的にある程度で王子の方は僕の事なんて分からないだろう。 何度か会話をしたことは確かにあったけど、それを王子が覚えているか…あまり興味を持たれなかったのを記憶している。 その現場を偶然グラキエス様に目撃されたことがあり焦った僕だけど何もなかった。 僕なんてグラキエス様からしたら取るに足らない、相手にするだけ無駄、それどころが彼の目にも映っていないようにも見えた。 あの時はとても惨めな思いをした。 僕は侯爵家なのに…。 王子はどの貴族に対しても愛想笑いを浮かべながら一定の距離があり、それはグラキエス様も同様だった。 上に立つ者は誰も特別扱いせず常に冷静な判断を求められるからなのかな?と漠然と思っていた。 僕は人と話すのが苦手でいつも焦ってしまい、言ってはいけないことを言ってしまう。 ダメダメと言い聞かせれば言い聞かせるほど、その言葉を発してしまい僕から人が離れていった。 侯爵家の人間なので、大事にはならないが周囲からの僕の印象は「口が悪い」「性格が悪い」「ワガママ」と言うものだった。 こんな自分が大嫌いだった。 もう誰も傷つけたくないし、僕自身傷つきたくなかったのであまり人とか変わらないよう静かにしていた。 ある日突然、周囲がざわめき出した。 それは平民の一人がするりと王子の懐に入り込んだというものだった。 王子とグラキエス様の関係は全く変わらなかったが、王子と平民の関係は一気に親密さを増していた。 貴族の間では、暗黙の了解で王子との距離は「一定」を保たれていたのに平民が破ってしまった。 平民の彼は知らなかったのかもしれないが、王子は平民を受け入れていた。 どうにかしなければと平民の彼に「王子に近付いてはいけない。」「あなたが近付いて良い相手ではない。」と教えたのに上手く伝わらず、僕が平民の彼を嫌がらせをしたと噂が広まってしまった。 そんな意味で言ったのではないのに…。 余計僕は孤立してしまい、平民の彼が嫌がらせを受けていると王子に伝わり彼等を親密にしてしまった。 僕は周囲の人にも王子にも目をつけられてしまった。 僕はただ王子にはグラキエス様がいる事を伝えたかっただけなのに…。 僕の噂が広まれば王子と平民の関係はより深まりさらに堂々と周知の仲になっていった。 グラキエス様とすれ違ったが以前と変わらずで、僕だけが焦り空回りしていたことを知る。 「僕、なにやってんだろっ」 部屋で一人、涙を流した。 そして、突然声をかけられた。 僕に声をかける人なんて最近では居なかったのですごく驚いた。 振り向けば王子が立っていた。 驚きのあまり挨拶も出来ずあわあわするだけだった。 「エストレヤ イグニス貴様が平民に嫌がらせをしていると言うのは本当か?」 突然の事で頭が追い付いていかなかった。 嫌がらせ? 僕が? ちがっ、僕はただ忠告をしただけで…。 「私が声をかけているのに黙りとは侯爵家も偉くなったものだな?」 「ぁっぁっちっちがっちがぃます」 王子は勘違いしている、早く否定しなきゃっと思いながらも上手く言葉が出てこなかった。 「僕に酷いことを言ったのは彼ですぅ」 噂の平民の彼が僕を指差した。 確かに彼と言葉を交わしたが酷いことではなく事実を言っただけなのに。 「貴族という立場を利用して平民への嫌がらせするとは不愉快な奴だな」 「僕、とっても怖かったんですぅ」 違うのに…。 誰も僕の言葉を聞いてはくれなかった。 目の前で王子は平民の彼を庇い、平民の彼は王子に寄り添い守られていた。 その日から僕の立場はかなり居心地の悪いものになった。

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