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第31話 残された部屋では
アティランとエストレヤが庭の散歩へ行き、この場にはグラキエス家当主と夫人、イグニス家の当主と夫人が残っていた。
「「「「………」」」」
見せ付けられた余りの光景に脳が追い付かず、誰一人言葉を発せず沈黙が場を支配していた。
「…アティラン様は…随分お変わりになられて…。」
嫌味ではなく、本音だろう。
記憶喪失にあい王子と婚約解消したのは貴族であれば誰もが知っていること。
第二妃等を狙っている貴族であれば尚更。
イグニス家もその一人だと言うのはグラキアス家も予想できていた。
婚約時代、王子とアティランの関係は隠すこと無く悪かった。
「えぇ、そうですね。」
「よろしいんですか?」
イグニス家当主からは困惑の表情が見えた。
「それはどういう意味でしょうか?」
「いえ。私は当主として家門の存続を考えておりますが、父親としてエストレヤの幸せも願っています。あの子は素直ですが不器用なところがあります。第二妃を目指したのもあの子が貴族として生きていくためにはアティラン様が納める王宮で守られることです。命の危険も生活面でも苦労すること無く、貴族の争いにも巻き込まれずにすむと思ったからです。記憶を失ったとは言え、アティラン様がお相手であればエストレヤは幸せになれます。二人の関係を見てもそうなると確信があります。アティラン様…グラキアス公爵家はどうなんでしょう?イグニス家との婚約は爵位としては認められても、あの子は貴族社会に疎いですよ。私が生きている間は全力で守りますが…グラキアス家は本当に良いのですか?」
「…素晴らしいじゃないですか。なんの打算もなく一緒にいて癒されるのは大事なことです。それに記憶を失う前のアティランは幼い頃に王子との婚約が決まりました。私が言うのもなんですが、常に努力し我が儘など一切言ったことがありませんでした。恥ずかしながら、私はあの子が我慢していたのかも分かりません。記憶を失ってから自由に振る舞うあの子にどこか安心しているんです。あの二人を引き裂くなんて…。」
「…そうですか。」
「親バカですね。」
「ですね。」
「良いなぁ…僕もあんな風に愛されたいです。」
今まで沈黙していたイグニス夫人が口を開いた。
「何を言って…。」
当主は夫人を勢いよく凝視した。
「僕はエストレヤと好みが似ているのかもしれないねぇ。」
「あっそれは僕も、良い男を生んだと思ってますよ。」
夫人達はお互いに目配せし分かりあい、旦那達には少々焦りが見えていた。
貴族であそこまで人前であからさまにイチャつくのは良しとされない。
記憶を失ったという大前提があるので許されることで、本来は常識がないとされてしまう。
大事な席で相手の膝の上に座り、人目を気にすること無くキスを続けるなんて言語道断考えられない。
それがあの冷血鉄壁潔癖完璧のアティランが主導して行ったと言えば、尚更信じられないし羨ましがられることこの上ない。
その後、婚約は問題なく受理され、アティランとエストレヤの婚約は瞬く間に貴族達に知れ渡った。
当然、王族にも報告済みである。
アティランが記憶を失う切っ掛けとなったのが、王子の浮気と暴力となれば王族が二人の婚約に異議を申し立てることは出来なかった。
記憶喪失となり知識を失うも、属性が開花し新たな魔法を産み出したアティランを再び王族に取り込みたいと企てたとしても王子とアティランの関係は誰が見ても冷えきっているもので再婚約の打診した所で拒否されるのは目に見えていた。
王族からの申し出に大抵は拒否など許されないが、今回ばかりは王族もグラキエス家への再婚約の打診はすることはなく、王子からの抗議なんてものもなかった。
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