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第89話 控え室まで

エストレヤへ近寄り、持っていたグラスをテーブルに置いた。 でないと、金髪野郎の頭にぶっかけてしまいそうだったから手。 「エストレヤッ」 「…ぁっ…」 俺に気づいたエストレヤの表情は見るからに悪く、何が起きたのかは容易に想像ができた。 たった飲み物を取りに行った僅かな時間に起きた出来事。 きっと、コイツは俺がエストレヤから離れるのを見逃さなかったのだろう。 金髪野郎がなにに執着しているのか全く理解できなかった。 「エストレヤ着替えに行くぞっ。」 近くに待機していた学園が雇った使用人に案内される。 今、金髪野郎と会話しても冷静ではいられない自信があった。 そうなれば、相手の胸ぐらを掴んでいる気がする。 公爵家ではあっても、相手は王子…どんなことであろうと、百パーセント俺が罪に問われる。 目撃者が多数いたとしても、王子が関わっていれば真実を話すとは限らない。 コイツを無視してエストレヤと二人で消えることにした。 「待て。」  腕を捕まれたが反射的に払い除けていた。 払い除けられるとは思っていなかったのか驚きと共に顔を歪める金髪の姿があったが、それすらも不快だった。 「…話がある。」 押し殺したような声で話してくる。 「俺にはない。」 今はお前の顔なんか見たくねぇんだよ。 エストレヤの肩を抱き使用人の後ろを歩き控え室へと向かうも、後ろから誰かが付いてきた。 僅かに振り向き足元だけで相手を確認した。 付いてきていたのは… 王子だった。 「…アティラン。」 不快だ。 俺はあんたに名を呼ぶ許可を出していない。 婚約解消したんだ話し掛けるな、放って置けよ。 金髪野郎に反応すること無く歩き続けた。 心配するようにエストレヤは俺の服の裾をクンクンと引っ張った。 エストレヤを見つめ笑顔を返すも、控え室を目指した。 エストレヤが何を言いたいかは予想できたが言わせない。 あんな奴放っておけば良いんだ。 「…グラキエス…話がある。」 俺の考えを読み取ったのか呼び方を変えてきた。 「…俺にはねぇよ。」 「少しでいいんだ…。」 「断る」 「…そいつが…着替えている間だけ…。」 そいつってなんだよっ。 「その前に言うことあんだろ?」 「………」 「わかんねぇのか?」 「………」 「エストレヤに謝罪しねぇ限り話しなんかねぇよ。」 王子ってプライドが邪魔で謝罪できねぇのか? 初対面の時もお前は謝罪しなかったな。 俺が怪我して記憶を失ったっていうのに…。 それなのに、自分の話だけは聞いてくれ?ふざけんなっ。 「………」 「…ぼ、僕は…」 「黙ってろ。」 気の弱いエストレヤなら「大丈夫」と言って終わらせようとすることなんて考えなくても分かる。 「……飲み物を…掛けたことは…悪いと思ってる。」 睨み続けていると漸く反省を口にした…。 「……「思ってる」じゃねぇだろ?」 「……すまなかった。」 「…ぃぇっ…はぃ」 事故なら気にしないが悪意があるなら話しは別だ。 エストレヤが許しても俺は許さねぇぞ。 そもそもエストレヤに何の恨みがあんだよ? 俺に不満があるなら直接俺に言えよな? エストレヤが何かしちまってなら俺が出るのは違ってるが、もし俺に不満があってエストレヤにぶつけたんなら不愉快でしかない。 「…少しでいいんだ…。」 図々しくねぇか? 大体何をそんなに話したいんだよ? エストレヤを「そいつ」と言っている時点で気にくわねぇんだよ。 「………」 「あの…僕一人で着替えてくるから…。」 何度断っても諦めない王子を見兼ねてエストレヤが優しさを見せてしまった。 こんな奴気にしなくてもいいんだけどな。 「控え室は突き当たりの左の扉だ、グラキエス私達は王族専用の控え室に…」 「断る。」 「…ぇっ。」 王族の控え室? そんなとこ行くわけねぇだろう。 「エストレヤの隣の控え室じゃだめなのかよ?」 「…防音が…。」 「そんなに重要な話かよ?」 「…あぁ」 「この部屋は?王族専用って上の階だろ?面倒だ、ここでいいだろ?エストレヤの部屋からも遠い。」 「……分かった。」 「エストレヤ…すぐに来いよ。」 「ぅん…んっんふぅんっんんっんぁむっんん」 分かれる前に唇を奪った。 視線を感じながらもエストレヤの唇を離さなかった。 睨みたきゃ睨めよ、不愉快なら俺に関わらなきゃ良いだろ。 「俺はお前の婚約者だから。」 「…ぅん。」 唇を離しおでこを付けた距離で「婚約者」だと念を押した。 これはエストレヤにというよりも奴に見せ付けるためだった。 エストレヤは頷き使用人と共に歩いていく背中を見つめた。

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