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第90話 紅茶

「んで、ここで良いだろ?」 扉を開け控え室へ入った。 あいつが用意した控え室なんて入りたくもない。 何か企んでいるとは考えてないが、信用も出来ない。 「使用人を呼ぶ…。」 「別にいいだろ、長居する訳じゃない。」 「………、」 長居しないと言っているのに、王子は使用人を呼び紅茶を頼んでいた。 「話しはなんだ?エストレヤが来たら途中でも出ていくからな。」 「……彼と結婚するつもりか?」 「あぁ」 そんな世間話いらないだろ? 本題に入れよ。 「…何故彼なんだ?」 お前に関係ねぇよ。 「理屈じゃねぇな、本能かもな。」 「本能…ふっ…あのアティランが?」 「俺はあんたの知ってるアティランじゃねぇよ。」 なんでそんなに過去のアティランを気にするんだよ? 興味なかったんだろ? 「……王宮に仕える気はないのか?」 「記憶ねぇからな。」 「記憶が戻れば…。」  「そんなもん期待すんなっ…俺に構ってないでピンク頭を気にしろよ。」 「あいつとは…関係ない。」 「…あっそ」 お前が関係ないって言うならそれでいい。 俺にはもっと関係ないことだ。 「…飲まないのか?」 「んあ?あぁ」 「…何故、私じゃない?」 「ん?」 「私は婚約者だったんだぞ。」 なんだよ急に。 「……何言ってんだ?」 「婚約者は私だ。」 金髪は王族らしい威厳で俺に宣言した。 「…過去の話だろ?今は違う。」 「アティランが勝手に婚約解消したんじゃないかっ。」 何でも俺の所為かよ…。 「婚約解消した時、何の異論もなく問題もなかったじゃねぇのかよ?」 「…婚約解消は簡単に出きるものじゃ…」 「それは、婚約者に何の異常もなければだろ?俺は記憶喪失だ。」 「記憶は…戻る可能性があるだろ…。」 王族が希望にすがってんじゃねぇよ。 今有るもので対処しろよ。 「戻らなかったら?」 「…それでも。」 なんでこんなに過去の俺を必要とすんだよ? 理解できねぇよ。 「記憶の無い人間に王族の補佐をさせるのか?」 「アティランなら出来る。」 出来るわけねぇだろ。 「過去の俺ならな、今の俺には無理だ。」 する気もない。 「…出来る、私が補佐する。」 「お前何言ってんだ?王族の補佐をするために選ばれたのに王族が補佐してどうすんだよ。」 「構わない。」 「そういう問題じゃないだろ。」  「………」 「……あんたの隣にはピンク頭がいたろ?」 「あんな奴…関係ない。」 「関係ないって…。」 もう飽きたのか? 「アティランのが相応しい。」 「…そんなもん、今からあいつに教え込めばいいだろ?」 「無理だ…させる気もない…。」 「…あっそ。」 「戻ってこい。」 「無理だ。」 戻る気なんてない。 本物のアティランがどう思っていたかなんて俺には分からねぇねど、今の俺はこいつを選んだりはしない。 「アティランっ」 「…もう、アティランて呼ぶな。」 自分でも驚くほど冷たい声だった。 「……そんなにアイツが良いのか?」 「あぁ。」 「なんで…。」 なんで…だろうな。 昔の俺に似てたからかな…。 「お前にはわかんねぇよ……もういいだろ?」   居心地の悪いこの場所から一刻も早く立ち去りたい。 早くエストレヤに会って抱きしめてほしい。 「………紅茶…好きだったろ…。」 …不仲でも紅茶が好きなのは知っていたのか? それとも俺が過去を知らないのを良いことに適当なことを言っているのか? 贈り物もエスコートもしなかった男が過去の俺の好みを知っているとは思えないな。 「………。」 俺だって以前の俺のことなんて知らねぇよ。 知りたくもねぇ。 俺は俺だ。 …けど、コイツは以前の俺のために紅茶を用意した。 女々しいと言うか、未練がましいというか…。 俺から視線を逸らして分かりやすく落ち込まれる。 そんなに後悔するなら他に色々やり方はあったんじゃねぇのか? …仕方なく紅茶を飲んだ。 「…あっアティランっ…俺は…。」 奴は焦ったように顔をあげ、混乱しているように見える。 俺はいち早くこの場を去りたくて、紅茶を一気に飲み干した。 「これ以上聞きたくねぇわ。」 「………。」 「エストレヤも着替え終わる頃だろ、もぅ…ぃ…」 ガタッ 立ち上がろうとした瞬間ふらつき膝を付いていた。 身体が熱い。 なんだ?…おかしい…呼吸も荒い…ソファから立ち上がるのも一苦労だ。 どうなってるんだ…まさか…紅茶に? 金髪を見れば俺に手を伸ばしながら近づいてくる。 この手に捕まるわけにはいかない。 ふらつきながら扉を目指した。 エストレヤがもうすぐ来るはず…。 「待て。」 腕を捕まれ今度は振りほどけなかった。 「お前は私の婚約者だっ。」 「…やめっ…」 俺は扉に辿り着く前に金髪に捕まり…。 エストレヤ…。

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