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第133話 我が儘をしていた エストレヤ イグニス
僕は眠り続けるアティの部屋のソファで眠っている。
眠っていると言うより横になっているだけだけど。
アティが目覚めるかもと思うと眠る気にはなれなかったし、眠くなかった。
公爵家のお世話になることだけでも迷惑になるのに、更に無理を言ってアティの部屋に居続ける事に対して公爵様から許可をいただいた。
僕はただアティが目覚めたら一番に会いたいだけなの…。
我が儘を言ってはいけないと分かってはいても、自分を止められなかった。
僕が我が儘を言い過ぎて、お父様が公爵家にやって来た。
きっと僕を疎ましく思った公爵様により、お父様に抗議の連絡がいったのだと思う。
僕は連れて帰られるのかな…。
ただ、アティの傍にいたかっただけなのに…。
婚約も…。
…アティと離れたくないよ。
「エストレヤ」
「……はぃ」
連れていかれるのかな?
アティと別れるの?
「アティラン様も心配だが、私はエストレヤも心配だ。グラキエス公爵様もエストレヤを心配し私に連絡をくれたよ。」
「………」
それは…帰れってこと?
「不安なのは分かる、だけどエストレヤまで倒れてしまったらどうするんだ。アティラン様が目覚めた時に元気な姿で傍にいなさい。」
「………」
やっぱり侯爵邸に帰れって事だよね?
「…怖いのは分かる。グラキエス公爵様と話してきた。万が一アティラン様が再び記憶喪失になっていたとしても、エストレヤとの婚約解消は考えていないと。二人で関係を築きあげ、話し合ってからでも決断は遅くはないと仰ってくれたよ。」
それは…どういう事?
だめだ、よく考えられない。
別れなくて良いって事?
記憶を失ったアティと婚約を続けられるって事?
そうなったらアティは僕の事…。
「…アティ…また、僕の事好きになってくれるかな?」
「記憶が有っても無くても、アティラン様の本質は変わらないよ。エストレヤは今まで通り振る舞えば良いんだ。」
「………」
記憶があってもなくても…。
以前のアティラン様は完璧で、誰に対しても公平な人だった。
それは当時の婚約者アフェーレ王子に対しても…。
僕達もあんな風になっちゃうのかな…。
「エストレヤ、ちゃんと食事や睡眠は確り取りなさい。公爵様もアティラン様を心配たいのにエストレヤの事まで気に掛けていただいているんだぞ。」
「…はぃ」
公爵邸に来てから僕はずっとアティの傍から離れなかった。
公爵様はそんな僕をずっと許してくれた。
アティの傍から離れたくないという僕の我が儘を叶えてくれている…。
「公爵様もアティラン様が心配なんだ。エストレヤばかりがここにいてはいけない。ちゃんと客室を借りなさい。」
「…はぃ…すみません。」
「エストレヤ、アティラン様は大丈夫だ。いずれ目を覚ます。喩え記憶を失っても私も協力する。エストレヤは一人じゃない。」
「……はぃ」
僕はとても我が儘を言っていたことを思い知らされた。
アティが心配で傍にいたくて僕は僕の事しか見えていなかった。
アティのお父様やお母様だって心配でアティに会いたいはずなのに…。
僕が邪魔をしていた…。
僕は何をしているんだろう。
大好きな人が大変な時に大好きな人の家族に迷惑を掛けるなんて…。
「アティラン様が目覚めた時にそんな元気の無い顔でどうするんだ。食事を頂き休みなさい。アティラン様が目覚めたら起こすから。」
「…はぃ」
離れたくはないがアティの部屋を出て食堂に向かった。
既に話が通っていたのか、僕の姿を見た使用人の人が食事を手配してくれる。
食欲はなかったが、無理矢理にでも食べた。
僕が食べなかったら使用人から公爵様に報告されてしまう…僕が食事に手を付けなかったら公爵様に迷惑を掛けてしまう…。
食べ終わると使用人に客室へと案内され、客室に一人でいるとアティの事しか事しか考えられなかった。
眠っていても良いからアティに会いたい。
アティの寝顔を見たかった。
こんこんこん
ノックを聞いただけでアティが目覚めたんだと思った。
「はい」
返事をしながら急いで扉に向かった。
「紅茶をお持ちしました。」
「……はぃ」
僕の聞きたかった言葉ではなかった。
扉が開くと先ほどの使用人が立っていた。
「イグニス侯爵様が紅茶を飲んで少し休むようにと。」
「…はい」
使用人さんの後ろ姿を眺めながら、僕はソファに腰を下ろす。
手際よく紅茶を淹れるのを何も考えられず、ただ眺めていた。
五感が鈍感になっているのか、紅茶の香りも味も良く分からない。
視界もボヤけ次第に頭も働かなくなり、ゆっくり瞼が降りた。
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