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第134話 使用人
こんこんこん
「はい」
「失礼します。」
応接室にはグラキエス公爵とイグニス侯爵が神妙な面持ちでソファに座っていた。
私が用意した紅茶には二人とも手をつけられた様子はなかった。
「エストレヤ様は?」
「今、お休みになられました。」
「そうか、ご苦労。」
「ご迷惑をお掛けして申し訳有りません。」
グラキエス公爵と使用人の言葉に、私は頭を下げた。
「いいえ、あんなにアティランを思ってくれるのは嬉しいことです。」
エストレヤ様の飲んだ紅茶には睡眠導入剤を入れ、強制的に休ませて欲しいと侯爵様より依頼があった。
紅茶を口にし眠ったところを確認し、ベッドへ運んだ。
体格にもよるがエストレヤ様はとても軽く、顔もここへ来た時より窶れていた。
アティラン様をグラキエス公爵の嫡男だからとか優秀な人だからなどではなく、一人の男として心配する姿に愛を感じた。
「アティラン様の容態はどうですか?」
「それがまだ目覚めないんです。もう目覚めてもいい頃だとは聞いているんですか…。」
「そうですか…。」
「後は本人次第ですね。転落直前の授業で魔力を使いきったのも要因だとか。」
「記憶喪失後に属性に変化があったと聞きましたが本当なんですか?」
「えぇ元は水と氷だったんですが、今は火・風・土・雷の六属性も扱えるようになったと。」
「それは…凄いことですね。」
凄いという言葉で片付けられる事ではない。
そんな賢者のような人物聞いたことがない。
本当であれば王族は再びアティラン様を手に入れたいはず。
「…えぇ」
「何か不安なことでも?」
「それでなのかは分かりませんが王族からの招待が多くなりましてね。」
今更か…暴力を振るい記憶を失ったにも関わらず一切の連絡を寄越さなかったのに再び利用価値が生まれると手紙を寄越す…。
これが王族か。
「……あぁ…そうですか…それは、王族も手放したくはないですよね。」
「…今回の件もそれが原因かと…。」
「転落…事故と聞いておりますが…。」
「目撃者がいてね、彼の証言によるとアフェーレ王子が突き飛ばしたと。」
突き…飛ばした?
「…突き飛ばした。」
「公爵家からの婚約解消が、どうも気に触ったらしくてね。」
それだけで?
そもそも不定を働いていたのは王子じゃないか、そこに暴力を振るい記憶喪失となり婚約解消となった。
それは当然のなり行きだ、なのに婚約解消を言い渡された腹いせに突き飛ばしたと言うのか?
「今回の事は抗議するんですか?」
「証言できるのは彼一人、相手が王族となると難しいだろう。全てはアティランが目覚めてからと考えています。」
「そうですね。」
「もしかするとエストレヤ様にも何かするかもしれませんね…学園パーティーの時のように。」
「……分かりました。エストレヤには私から伝えておきます。」
「巻き込んでしまい申し訳ない。」
「いえ、それはお気になさらず。エストレヤも巻き込まれることより、アティラン様との別れの方が辛いようですので…。」
「そんなに思ってもらえるアティランは幸せですよ。」
「エストレヤもアティラン様と出会え、婚約者になれた事を幸せに思っていると思います。」
「どんな結末であれ、二人を引き裂きたくはないですがね…。」
「私も尽力致します。」
緊張感に支配された応接室で公爵様と侯爵様の会話は終わった。
私は冷めてしまった紅茶を入れ直しお出しした。
今回の紅茶は二人に飲んでいただけだ。
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