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Envelope - 3

 汚れた指先をローブの裾で拭うと、引き締まってはいるが大柄な体躯が堪えきれないというように、ひとつ大きく震えた。空気に炙られほどけた毛束から大粒の雫が薄暗い部屋に散る。  それは毛の長い大型の犬が濡れた体毛を乾かす仕草によく似ていた。 「寒い。とりあえず使用人らしく、さっさと上着を寄越せ」 「敬愛してやまぬ旦那様のため、すぐにでも……と、言いたいところですが、あいにく、わたくしもこの格好で参りましたので」  余計な遺物を残さぬようリュシアンとて薄手のシャツ一枚でここまで来たのだ。テオドールの眉間に深く皺が寄るのを見ると、リュシアンは窓の外へ、ちら、と視線を投げた。  中庭に面して唯一大きくとられた窓へ、柔らかな雪が引っ切りなしにぶつかっては溶ける。窓桟はぐるり白く凍って、濁ったガラス一枚向こうはいよいよ吹雪に見舞われているらしい。  遠くで柱時計の、ぼおん、と腹を打つ音が鳴った。時刻はついに未明へと差しかかる。  『一体なにをしようとしていたのか』。テオドールが真にリュシアンの目的を知っているのだとしたら、このままここで不毛な会話を続けるだけ無駄というものだろう。  彼が知っているというのならば、それはもう確信だ。どう弁明しようがどう言い繕おうが、すべてを把握しているに違いない。リュシアンの知る彼は恐ろしいほど慎重で、用意周到な男だった。 「父上がいつ戻られるのか気を揉んでいるのだろう」  鋭い視線がリュシアンの横顔を貫く。意思の強そうな引き締まった唇が意地悪く微笑んでいるのが、見えずとも手に取るようにわかった。 「おっしゃる意味がよく。わたくしは、」 「引き継いだばかりの掃除夫の仕事ぶりを確認に来ただけだ、とでも?」 「そのとおりです」 「評価は?」 「…………床や壁などはきちんと清掃されているように見えます。が、普段人が触れない場所、人の目から外れた場所などはまったく手をつけた様子がありません。本人が気づいていないのか、ひと月に一度でも拭いておけば誰も気づくまいとでも思ったのか。わたくしは彼とそれほど親交がありませんので、そこまでは判断しかねますが」  腕を組む影が、繊細な(つた)模様の壁にゆらりと揺れて膨らんだ。  テオドールが一歩近づくごとに、半身が痺れるような圧を感じる。思わず後退ろうとする脚を叱咤して、なんとかその場に踏み止まる。 「では、父上がそれに気づくまでにすべてやり直させなければ。誰もが知るとおり、父上は仕事をしない者にはまったく容赦がない。かつてのお前のように身寄りのないところを拾って、雨の漏らない住まいまで与えてやっても、使えない者は即刻邸から放り出すだろう。父上の怒りを買って、またあの若者がもとの(あなぐら)生活に戻るのを考えると、お前も心が痛むだろう?」 「ええ、とても」

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