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Envelope - 6

 視界が揺れる。定まらない部屋の灯りに、床についているはずの両膝が震える。 「いい顔をする」  鼻先の触れる距離で、テオドールが微笑んだ。 「マダム・ソフィーにこの手紙を書かせたのは私だ」  はっきりとした声に、息を呑んだ。事実としてそれを知っていながら、改めて聞かされる真相は想像よりはるかに深くリュシアンの心を抉った。 「……存じて、おります」 「だろうな。扉一枚むこうにお前もいた」  なぜそれを、と問う視線に、テオドールの笑みがじっとりと湿り気を帯びる。 「覚えているだろう。3日前のことを」    あの晩、ちょうどいま時分、伯爵の公妾マダム・ソフィーが伯爵邸を訪れた。あいにく伯爵は不在。果たしてそれを知っていたのか、帰りの馬車を呼ぼうとしたリュシアンの手をとり、例の調子で、『せっかくだから、少しおしゃべりしていくわ』と、マダムは離れからテオドールの居室へまっすぐ向かっていった。  邸で真っ先に彼女を出迎えたのはテオドール本人だった。 『マダム。おいでになるとわかっていれば迎えを寄越しましたものを』  伯爵家の実質の主となったテオドールの歓待を受け、マダム・ソフィーは上機嫌で頷く。 『最近、眠れませんの。こんな夜更けにお邪魔してご迷惑だろうと頭ではわかっているのですけれど、ここのところ独りでいると胸が苦しくって』 『おや、それは大変。すぐに医者を呼びましょう』  扉の前に控えるリュシアンへテオドールが視線を送ると、 『いいえ、いいえ。そういうんじゃないの。少し心配事が重なってるだけ』  彼女は慌てた様子で首を振る。口調がくだけ、娼婦上がりの気安い言葉遣いが顔を出した。  テオドールはそれには気づかないふりをして、 『では、私でよければその心配事とやらを伺いましょう』  あからさまにホッとした様子のマダムの背を支え、暖炉前のカウチへと誘った。 『リュシアン。マダムに温かいワインを』  背中越しの命にリュシアンは頷き、深く一礼をしてその場を去った。  しばらくして、クローブと蜂蜜を溶かしたホットワイン、主人にはウイスキーを一杯注いで部屋を訪れたリュシアンが見た光景は、華奢な肩を引き寄せるように女を抱く主の姿と、その胸に深々と頭を埋め、レースのハンカチの下、さめざめと泣き、涙を拭うマダム・ソフィーの姿だった。 「そのあと、下がれと言った私の命に逆らって、お前ははしたなくも扉の向こうでじっと聞き耳を立てていた」  その晩、恐ろしい密談がおこなわれるであろうことはわかっていた。  テオドールの視線は物言いたげで、ソフィーの瞳はしおらしさの向こうに時折厭らしく、部屋は寒々と冷えきっていた。  だが、物音を立てた覚えはない。マダムが部屋を出るとき、リュシアンはその気配を察し自室へ戻っていたのだ。その後もテオドールが彼を呼び出すことはなく、翌日、主人と従者はいつもと変わらぬ朝を迎えた。 「なぜ、わたくしがあの場にいたことを?」 「匂いだ。お前の匂いはいつも煩いほど鼻につく。それが扉を開けた瞬間、すぐに薫ってきた」 「わたくしはコロンなど身につけません」 「ならば、その身の内から淫らな香りが滲み出ているんだろう」  耳裏に鼻を寄せ、わざとらしい仕草で匂いを嗅がれる。首筋から広がるざわめきが鋭敏になた神経を撫で上げ、リュシアンのほどけた唇から吐息が漏れた。

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