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Envelope - 7

 ついでとばかりに(おとがい)を這う舌を、身を捩って振りほどきながら、 「どういうおつもりで手紙を書かせたのです」  シャツの隙間から潜り込もうとする手に爪を立てる。痛みに一瞬、眉を顰めた主は、次の瞬間には、ふ、と相好を崩した。 「気になるか」 「でなければ、このような盗人の真似事などいたしません」 「従者であるお前が、主の婚姻に口出しを?」  ぐ、と喉奥が鳴った。開いた口は適当な言葉を見つけられず、力なく閉じる。その反応によほど気を良くしたのか、テオドールの笑い声が部屋中に響いた。 「私もいい歳だ。家督を継ぎ、陛下より無事、爵位も賜った。病に伏した父は遠く離れた地に(つい)の棲家まで建て、それを聞いた父の“運命の女”が、父上の身体と己の身の振り方を気に病むあまり、ろくに夜も眠れないときた。都を離れ、寂れた片田舎に移り住もうとする伯爵。都の暮らしを手放しがたく、それを良しとしない妾。父上も10年もの長いあいだ連れ添った女の行く先に気を揉むより、いっそのこと、」 「嫡子である貴方が女を娶り、伯爵の最期の憂苦を取り除こうとでも?」 「我ながら素晴らしい考えだ。これほど親孝行な息子はない」  記憶の中の主が女を優しく抱いて囁く。 “幼い頃よりお慕い申し上げた貴女を、こんな寒空のもと路頭に迷わせたりはしない。貴女の心が離れたわけではないと知れば、きっと父も許してくれましょう。貴女はただ時折、父の元で過ごされるだけでいい。それ以外は、この美しき都で、私と”。 「貴方とマダムでは身分が釣り合わない」 「どこぞの下級貴族にでも養子に入ればいい。私は入婿の父とは違う。貴族とであればどのような身分の相手とでも婚姻は許される」 「子が、できたら」 「私の子ならば跡継ぎとなる。たとえ父の子が生まれても、新しく生まれた私の弟とやらが家督を継ぐだけだ」  呆れを通り越し、もはや怒りが湧いた。 「父上は当年55になられる。あれほど胸が痛む、頭が痛むと連日のように医師を呼んでおきながら、どうやら“あちら”のほうは健やかを通り越して持て余すほどであるらしい。亡き母上に代わって、あの女、10年ものあいだ性欲旺盛なあの偏屈爺に付き添ってくれていたんだ。いまこそ息子として、その礼をすべきじゃないか、なあ、リュシアン」 「そのような、ことのために」  黒髪が幽鬼のごとく、ふらりと立ち上がった。  由緒ある伯爵家。  下民との婚姻。  父親の愛人を娶った男に浴びせられる、世俗の嘲笑。 ――そんなもの、どうなろうとかまうものか。 「……貴方は、何度わたくしを試せば気が済むのです」  震える指でガウンを押し開く。 「あのような女がこの肉体に触れるなど、わたくしには耐えられない」 テオドールが笑った。 「私は耐えている。幾度抱いても、もう私だけのものにならないお前に焦がれながら、ずっと」 「わたくしの心はすべて貴方のものです」  初めて出会ったとき、幼気な瞳に聡明さと情熱を湛え、(おぞ)ましいほどの美しさでもってリュシアンの心を奪っていった少年。引き合わせた伯爵の声もはるか遠くを駆け抜け、気づけばリュシアンは少年の足元へ吸い寄せられるように跪いていた。  “この方が、わたくしの主”。  煌めく金貨に刻まれた王よりも、はるかに貴く、気高い生き物。  他の従僕に合いの子と蔑まれ、伯爵の築いた膨大な借銀に代わって好色な貴族どもの一夜の慰み者となっても。  その姿を、15の歳を迎えたばかりのテオドールに見られていても。  彼を主と仰ぐ日を夢見て耐え抜いた日々を、当の主は許してはくれない。 「愛しています、テオ。私の、私だけの……」   乾いた素肌に冷たい唇を押し当て、力の限り吸った。大きく波打った胸筋を撫で、うなじに舌を這わし、くすんだ蜜色の髪を掻き上げる。熱い吐息を肉厚の耳朶に吹きかけると、固く盛り上がった場所から汗と興奮に湿った塊がガウンを割り開き、隆々とした立派な牡の証を覗かせた。 「リュシアン……リュリュ」  たまらないというように潤んだ若い瞳が、愛おしかった。性急に背を撫でる大きな手も、肌を隅々まで撫で回す不躾な視線も、すべてが。  長く、節くれ立つ男の指が、細腰を軽々と掴み上げ、リュシアンはされるがまま裸の太腿へと腰掛けた。 「貴方を奪う何人も私は許さない。貴方が、ただそう望むように」

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