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Envelope - 9

「っ……は、っ……」  椅子の軋む音に掻き消されるほど、微かな喘ぎ声が上がった。(ふち)の引き攣れる痛みを紛らわせようと、自ら良い場所を探して腰をくねらせる。白く滑らかな腹が快楽を求めて縦横無尽に蠢く姿は主の欲情を煽り、咥え込んだ熱塊がわずかに硬度を増す。  しゃくり上げるような腰の動きに導かれ、蜜に濡れた先端が不意に快楽の核を抉った。 「あ! ぁんっ……!」  ぴん、と背筋が張り詰め、そして脱力した。尻の中の核から手足の爪先まで快感が走り抜け、むず痒さにも似た痺れがリュシアンの全身を襲う。繋がっている場所が意識と切り離され激しく収縮した。唇ひとつ、視線ひとつ動かすのが億劫なほど、強い快楽のなかにリュシアンはいた。  一度突いただけで、容易くすべての細胞を淫らに作り替えてしまう器官。長い時間をかけて身体に染みこまされた、忌まわしい肉体の記憶のせいだ。  はっきりとした嬌声にテオドールもその場所を悟ったのか、腰を抱えていた手に力を込め、仰け反る背を引き起こす。 「……ぁ」  従者は(はしばみ)色の瞳をとろんと潤ませ、夢現(ゆめうつつ)の快楽を味わっている。小言を絶やさず、ときに自分のすべてを包み込む優しい言葉を吐き出す唇が、強すぎる快楽に理性を投げ捨て、時折うっとりと悦楽に震える。  知らず、テオドールは舌打ちした。  この淫乱な肉体を作り上げた忌々しい男どもの顔が浮かぶ。いつか奴らの生皮を剥いで市中に晒し、子々孫々に至るまでその業を背負わせて――。 「テ、オ」  甘く蕩けた声がテオドールの耳を打ち、見てみると、腕の中の従者は意識を取り戻していた。 「うごい、て……そこ、もっと」  カッ、と全身が熱を帯びた。怒りに燃えていた頭から、灼熱が下半身へと濁流のごとく一気に流れ込む。  繋がったまま、従者を絨毯に引き倒す。内部を思わぬ深さで抉ったのか、抱きしめた身体が強張った。 「あ、ああっ!」  湿った絨毯の上をのたうち回り快楽から逃げようとする身体を縫い止め、腰を強く打ち付ける。 「この身体に、他の男を咥え込んでみろ……あの(じじい)が汗と血と体液でせっせと積み上げた借銀……すべて残らず背負ってやった代わりに、やっとお前を手に入れた……お前は俺のものだ。どんなに抗おうと、他に疼きを癒してくれる者が現れようと。一生、離しはしない!」 「そんな、ああっ……んうっ……あんっ、あいしてる……そこっ、あっ、やだ、きもちいいっ!」  皮膚のぶつかる音が次第に早くなる。悲鳴に似た鳴き声がリュシアンの唇を突いて出た。 「あぁっ、いやあっ……!」  頂点が近いのだろう。か細い吐息に、全身を紅潮させ、身体の芯が硬直をはじめている。幼い頃に植え付けられた快楽の記憶のせいか、リュシアンの絶頂は子供のように初心(うぶ)で拙く、それが男たちの欲情をさらに煽っていた。 「リュリュ、私を見ろ。誰がお前を抱いているか、しっかり見てろ」  強張る頬を撫で、優しく語りかける。 「テオ……」  快楽に塗りつぶされたリュシアンの視界に、蜜色の髪と青みがかった紫の瞳が映った。 湧き上がる多幸感と、いつまでも消えることのない悔恨の念に滂沱のごとく涙がこぼれ落ちた。 「泣くな。泣いても変わらない。お前の過去を私は許さない。いつまでも詰って、追い詰めて、すべて塗り潰してやる」 「……許さないで」  貴方のくれる言葉なら、どんなものでも受け入れる。  もう四肢に力はなく、ただ視線だけで主へと縋りつく。 「そのかわり、ぜったいに私を捨てないで……旦那様」 「……」  答えは緩やかな抽挿だった。  感じるところだけを丁寧に押し潰され、口づけを受ける。皮膚に馴染んだ温かな素肌を感じながら、淫らな従者は緩やかに射精した。  耳の奥に、柱時計の音が聞こえる。  腹部に愛しい男の滴が降り注ぐ。  穏やかな快楽の中、リュシアンの意識は闇へと沈んでいった。

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