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Envelope - 10
月の暗い夜だ。
くもりひとつない硝子窓から光が差し込むも、手燭なしには3歩先がはっきりしない。その中をリュシアンは、壁伝いに廊下を自室へ向かって進んでいた。
あらぬところに違和感と擦れたような痛みを感じた。身体の芯に、燃えるような快楽の残滓がこびりついている。一足ごとに崩れ落ちそうな膝を支えるようにして暗闇を歩き続けていると、ふいに、正面から濃厚な人間の気配を感じて顔を上げた。
闇の中に濃く切り出されたシルエットが浮かび上がる。見覚えのある体つきと乱れた長髪に安堵し、次に、己の姿を思い出して肝が冷えた。
リュシアンは慌ててボタンの弾け飛んだシャツを掻き合わせ、異物感の残る下腹を引き上げた。
「お具合はよろしいのですか、テオドール様」
「ああ」
テオドールは一言そう答え、一歩、こちらへ歩み寄った。
先日、15歳の成人を迎えたばかりの伯爵家の継嗣テオドールは幼い頃より病弱で、体調を崩すことがたびたびあった。しかしそれも10歳を過ぎる頃には大柄な父親に似、背も伸びて、人並みに身体も強くなっていた。
そのテオドールが突如として高熱を発したのは、一週間前のことだった。熱はすぐに下がり、微熱といえるまでになったが、その日から彼はなにかを深く考えるように押し黙ったまま床から起き上がろうとしなかった。そしてそのまま、つい先ほどまでぐったりと横になっていたのだ。
ここ数日、リュシアンはテオドールの寝室に詰めていた。天蓋付きのベッドの隣に簡素な寝具を運び、そこに寝泊まりをしていた。本来、伯爵の従者であるリュシアンが、メイドの仕事ともいえる看病をすることになったのはテオドール直々の指名からであった。
無論、断る理由などない。伯爵の許しを得、リュシアンは内心嬉々としてテオドールの側に仕えた。もちろんそのような素振りなどおくびにも出さなかった。
テオドールの側にいる時間は幸せだった。いつしかリュシアンの背丈を超え、少年から青年への過渡期を迎えたテオドールはますます美しく、いつもはよく懐いて自分を兄と慕う彼が、こうして頑なに口を閉ざす姿さえ、どこか愁いを帯びて麗しく見えた。
彼がなにを思い煩っているのか気にならないわけではなかったが、直々に看病を仰せつかった自分にまさかその原因があろうとは、このとき露ほどにも思わなかった。
邸全体が寝静まった頃、突然の来客があった。
裏門から音もなく滑り込んだ馬車から、仮面を被った3人の男たちが降り立つ。彼らの来訪が告げられると、伯爵はテオドールの隣に眠るリュシアンへ使者を送り、目覚めさせた。
『支度をせよ』。
その一言ですべてを悟ったリュシアンは、痛いほど己の手を握りしめる愛しい者の手をそっと外し、後ろ髪を引かれる思いでテオドールの寝室をあとにした。
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