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Envelope - 12
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「……あのときと、おなじだ」
リュシアンは己の声で目を覚ました。
「なにがだ」
横たわったカナペの足元でガウン姿のテオドールが答える。いつからそこに座っていたのか、眠った様子もなく、ただぼんやりと暖炉の燻る火を片肘をついて眺めていた。
窓の外に見える杉林の隙間から朝日が差し、一面雪に覆われた庭は明け方の薄暗さを掻き消して眩しいほどに輝いている。
ずいぶんと長い時間眠っていたのだろう。離れの外から薪を割る小気味よい音が聞こえる。
邸が、目覚めはじめる。
「伯爵は戻られなかったのですね」
あちらこちら痛む身体を気力で起こすと、テオドールは手を貸すわけでもなく、ただ満足げに目を細めた。
「ああ。雪道で馬車が立ち往生して、そのまま途中にあるブレモンの邸で休まれたらしい。ブレモンのヤツもとんだ災難だったろう。いくら元伯爵付きの騎士とはいえ、あの偏屈ジジイと一晩狭い邸に閉じ込められるなど想像するだに退屈だ」
「知っていたのでしょう、最初から」
「ああ」
平然と答えた。早馬は昨夜のうちに邸へ着いていたのだろう。おそらく、リュシアンがこの離れを訪れる前に。伯爵がその晩には戻らないことをわかっていて、テオドールは自分を罠にかけたのだ。
さして驚きはしなかった。彼の膝に跨がり、シャツに手をかけた時点ですでにそうだろうとは思っていたのだ。
テオドールはリュシアンの乱れる姿を誰の目にも晒さない。だからこそリュシアンはこの邸で他の使用人から慕われ、従者として主のそばにあることを許されている。
衆人の目はテオドールの底知れない欲望と独占欲に歯止めをかける唯一の手立てだ。あの夜――月は隠れ、誰にも気づかれずに伯爵の遣いを迎えられるよう特別に用意された私室の前で、だからこそ手負いの獣は我を忘れて襲いかかってきた。
「おなじだ」
あの夜もテオドールは答えを知っていた。暗い廊下でひとり、自分が戻るのを待っていた。
『なにをしていた』。
彼は返事に窮するリュシアンの手をとり、部屋に引きずり込んだ。自室の薄い絨毯に押し倒され衣服を剥がれたとき、リュシアンはこの世の終わりを見たような気がした。
あの頃、少年はまだ清い身体のままだった。由緒ある貴族の子息としては、いささか遅いほうだろう。
15歳を迎えた息子に父親から与えられたのは伽の相手で、どこぞの男爵あたりが妾に産ませた娘だったとリュシアンは記憶している。その娘は突然テオドールへと宛がわれた。女性を導くことすなわち貴族の嗜みと、嫌がるテオドールを伯爵は娘とともに部屋へ閉じ込めた。あとはあらかじめ手ほどきをうけた娘が、彼を〝男〟へと変えるはずだった。
一部始終をリュシアンは黙って見ていた。抵抗などひとつもない。これで彼が成人した男性としての自信をつけ、次期伯爵として完璧な女性を妻に迎える足がかりになるだろうと感慨深く、少年の不安そうな背を見送った。そして自身はいつものように訪れた伯爵の客人達を迎えるため、立ち去った。
テオドールが高い熱を出し、倒れたのはその晩のことだ。しかも結局、娘には最後まで指一本触れず、あろうことか窓を破ってその場から逃げ出したという。
翌日、事実を知ったリュシアンはテオドールを見舞ったが、彼はまだ幼さのうっすらと残るまろやかな頬に涙の跡を流し、その日から重く口を閉ざすようになった。
ふとテオドールの青白い泣き顔が蘇って、リュシアンは堪えきれず笑い声を上げた。
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