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 なぜあんなことを言ってしまったのか。ヒヤマは自分の行動が理解できなかった。しかし、いずれにせよあのときはあれが最善の結論だと思ったのだ。  それでもヒヤマは自分の心理が飲み込めず、それについてしばらく考えた。  そしてヒヤマは、それは研究のためだと結論づけた。  仮にコウダが家に来るのならば、彼に簡易的な測定器を装着してもらおう。そうすれば、データがもっと取れる。それは理に適っている。筋が通っている。何もおかしくない。そう思って納得した。  もっとも、それも彼がこの話を引き受けた場合であって、実際はその後彼からは何の返事もない。  深夜の冗談と思われたか、そもそも覚えてないか、いずれにせよ真面目な話だとは思われなかったのだろう。そう納得しヒヤマ自身も忘れようとし始めた頃に、検査を終えたコウダが「あの話って、まだ大丈夫ですか」と言ってきた。すぐに何のことを言っているのかヒヤマは分かった。  そして話はすぐに決まった。  ヒヤマは自宅に久しぶりに帰り、慌ててコウダを迎える準備を整えた。とはいえ普段からさほど使用していない家なので、準備にはさほどかからなかった。  普段よりも更に綺麗になった部屋はどこかよそよそしい。ここにコウダが住むということが、ヒヤマにはまだあまり実感できなかった。  人と一緒に暮らすのは久しぶりだった。うまくいくかはあまり不安ではなかった。そもそもヒヤマはこの家にほとんど帰ってきていない。何か行き違いがあったとしても、距離を取るのは容易だった。だから重苦しく考える必要がない。  そう思うとヒヤマは少し気が楽になった――そして朝方、空が明るみ始めた頃に少しうとうとと短い睡眠をとった。  昼過ぎ、駅で待ち合わせる。 「今回は、本当にありがとうございます」  コウダは礼儀正しくそう頭を下げた。飾らない服を着て、飾らないコウダはやはりヒヤマには眩しかった。  マンションまで歩く。横を歩くコウダが、若干緊張しているのが見て取れた。見知っているとはいえ親しい間柄でもない人間の家にこれから居候するのだから無理はない。 「気軽な気持ちでいてくれればいいんだ、こちらにもメリットがあるからだしね――ここだよ」  コウダはじっとマンションを見上げていた。エントランスに入り、七階までエレベーター。角がヒヤマの部屋だ。 「お邪魔します」  コウダは綺麗に靴を脱いで中へと入る。そして部屋を見回し、 「広い、ですね」  こぼすようにそう言う。 「そう、一人には、ちょっとね。それに、前も言った通り基本的に研究室に寝泊まりしているから、ここにはそもそもほとんど帰ってこない」  コウダは興味深そうに首を振っている。 「物も少ないだろう?」 「そうですね、確かに」 「別にミニマリストというわけでもないから、必要なものは好きなように買ってくれていいよ。まあ、常識の範囲内で」  コウダは振り返って頷いた。 「とりあえず簡単に案内するよ」  間取り、トイレや風呂の場所、生活必需品の置き場、そしてヒヤマの寝室。 「まあ、ほとんど寝ないんだけど」  ヒヤマの冗談にコウダは困ったような顔をした。 「それで、ここが」  その隣の扉を開けた。室内を覗いたコウダが息を呑んだ。 「すごい、全部本だ」  そこは書庫だった。壁一面に本がずらりと並んでいる。背表紙を覗き込む。本棚を人に見られるのは恥ずかしいとよく言うが、なるほどその通りだとヒヤマは思った。しかし今更恥ずかしがってもしょうがない。 「書庫――だったんだけど、これから、コウダくんの寝室になる」  コウダが振り返った。本棚と反対側の壁にくっつけるようにベッドが置かれている。数日前に届いた物だ。 「ここだと寝づらいかな」  本も多いし、という言葉を待たずにコウダは、 「いえ、大丈夫です。どこでも寝られるので」  心強いことだ。 「ほとんどが眠りに関する本ですね」  コウダは振り返って再び本棚を見ていた。 「研究対象だからね」  まじまじとコウダは本を見つめている。ほとんどが学術書とはいえやはり気恥ずかしい。 「本当は今日までに本を僕の寝室に移しておきたかったんだけれど、量も多くて間に合わなくて。しばらくはちょっと怖いと思うけれど、このままでいいかな。僕の次の休日にでも一緒に移す作業をしよう」 「このままでいいです」 「え?」 「このままで――いや、このままがいいです」  コウダは言った。 「もちろん、ヒヤマさんが不便でなければ、ですけど」 「僕は、構わないけれど」 「じゃあ、それで。俺もこれ、読んでもいいですか?」 「あ、ああ。もちろん」 「ありがとうございます」

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