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ヒヤマは気がついていた。おそらくコウダが前に一緒にいたという青年は、コウダの恋人だったのだろう。
恋人。
ヒヤマには人生で一度だけ恋人がいたことがある。今となってはずいぶん昔の話だし、それを差し引いてもあの関係を『恋人』だったと呼んで良いのかヒヤマは疑問に思っているのだけれど――しかし、おそらく当時は二人とも自分たちをそうだと思っていた。
だとすれば、それはやはり『恋人』なのだろう。
ただし、彼らが本当に愛し合っていたかは別の問題だ。
相手は同じ大学生、健康的な体育会系で、あっけらかんと明るい性格をしていた。
もともとは同じ大学だったから、ヒヤマが中退し別の学校の医学部に入学した時は驚いていたが、その後も連絡を継続的にくれて、二人はだんだんと親密になった。
「お前ってものの見方が面白くて好きなんだよな」
そう言われてヒヤマはとても嬉しかった。ヒヤマも彼の明るいところに惹かれていた。
互いの家を往来する関係になり、やがて体を重ねるようになった。
「うちで一緒に住もう」
恋人が言って、ヒヤマは自宅を引き払った。元から荷物の多いタイプではなかったので、引っ越しはあっという間に終わった。
大学に泊まり込みになることも多く自宅に帰ることは少なかった。加えて相手の家はそれなりに大学に近かったので、断る理由が特になかったのだ。
その頃、ヒヤマの体はもう不眠に足首まで突っ込んでいて、薬の手を借りて眠ることがほとんどだった。
「飲まなきゃ寝れないの?」
行為の後、見えないようにと薬を飲んでいるヒヤマの背中に恋人は呼びかけた。恋人の呼びかけに、曖昧にヒヤマは微笑んだ。そしてセックスの汗と恋人のにおいが染み込んだ布団に入って、うとうとと眠りに入っていく。
朝起きると、何か体に違和感があった。小さな違和感だ。
何かされたのかもしれない、とぼんやり思った。
とは言え、もちろん自分の恋人だ。信用していたし、当たり前に悪い人だと思っていない。そこまで何かされたわけではないだろうと思った。
そういったことが、何度か続いた。
ある日ヒヤマは嘘をついて薬を飲んだふりをして布団に入り――眠ったふりをした。自分の企のせいだろう、ヒヤマの目はあまりにも冴えていた。間違って寝てしまうことは絶対にないだろうと確信できた。
そして恋人の体が動いて、彼を弄り出した。彼は普段それなりに配慮のあるセックスをしていた。乱暴なことや、無理をさせるようなことはなかった。だが、そのときの手つきはまるで異なっていて、本当に乱暴で粗野なものだった。
ヒヤマはあらかじめ言い訳を心の中で準備していた。多少おかしなことをされても、それはきっと彼が僕のことを愛しているからだ。そう思いたかった。そう思うつもりだった。
だから、彼のあまりに自己中心的な振る舞いに――ヒヤマは恐怖を覚えた。
そして我慢できず、起き上がってベッドを飛び出し、呆気に取られる恋人を置いて部屋を出た。
その時雨が降っていて――ヒヤマは濡れながら終電の終わった街を歩いて大学へ向かった。その時彼に行ける場所はそこしかなかったから。
それだけの話だ。
それ以降彼は恋人を作ることも、セックスをすることもなかった。
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