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 葬儀は小さな規模だった。参列者はほぼコウダの親族だけだった。故人である母方の親戚がほとんどで――ヒヤマはその通夜にコウダの『友人』として参列した。  始まる前の控室、コウダがヒヤマの家に住んでいるという事情はほとんどの親戚が既に知っていることのようで、多くの親戚から色々とコウダの近況を聞かれたり、共同生活がどういうものかと尋ねられたりした。  ヒヤマが話している間にもコウダはてきぱきとお茶を配ったり、挨拶をしたりしている。何か手伝おうかと体を向けると、やんわりと制された。  ヒヤマはそれ以上動くこともできず、話を続ける。 「ばあちゃん」  コウダの声が聞こえた。いつになく、親しみのこもった口調だった。 「ありがとう、来てくれて」  言われた先には、優しそうなおばあさんが立っている。 「本当に、お疲れ様。ありがとうね」  そう言われても、コウダは静かに首を振るだけだった。  コウダの祖母だろうその女性の周囲に人が集まって、ヒヤマは一人になった。慣れない人に囲まれ少し疲労していたので、正直ほっとした気持ちでいると、 「ヒヤマさん」  コウダが隣に座った。 「ありがとう、本当に」 「ごめん、僕こそ何もできなくて――」 「そんなことない。本当にありがとう」  コウダは言った。コウダは毅然としていて、思わずヒヤマは呼びかける。 「トモキ」 「大変お待たせいたしました。準備が整いましたので、ご移動お願いいたします」  斎場スタッフが呼びかける。  ぞろぞろと移動し、コウダは祖母の支えをしに向かった。  場内には、白い棺が置かれている。それぞれに別れの言葉を告げていて、ヒヤマもそっとそこを覗き込んだ。  あの日見たコウダの母がそのままそこにいるようで――しかし、やはりそれは生きている顔ではなく、しかし、とても穏やかな顔だった。  ――まるで眠っているみたいだったんだよ。  そんな、自分の母の言葉が思い起こされた。  本当は、葬儀に来るのは怖かった。思い出してしまうのではないかと思ったからだ。父のことも、母のことも、そして夜のことも。  自分の中で少しずつ夜の意味が変わり始めていることがわかっていた。だから、来るのが怖かった。それが元に戻ってしまうのではないかと思ったのだ。  だけどそれを変えてくれているのはコウダだった。だから、来ないなんて選択肢はなかった。ヒヤマはコウダの近くにいたかった。  何もできないとしても、隣に立っていることはできるし、自分自身がそうしてやりたい。  通夜が始まった。  読経、焼香の段になって、一人の来客があった。  隣のコウダが少し動いて、つられるように視線を来客へと向ける。  ミナミダだった。  喪服に身を包んだ彼は神妙な顔で遺影に手を合わせ、焼香をして頭を下げる。  参列しているヒヤマに視線が向いた。ミナミダは少し眉を吊り上げて、それからじっと視線をヒヤマに留めた。それに気づいたヒヤマは、しっかりと彼を見つめ返した。  彼は視線をすっと自然に外し、コウダに手のひらを軽く示して式場を後にした。  一通りの行程が終わり、一行は再び控室へと戻った。  また親戚の団欒をしていると、 「すみません、ちょっと行ってきます」  そう言ってコウダは席を立った。  ヒヤマはその背中を見送る。彼がどこに行ったのかすぐにわかった。しかし追いかけなかった。それでもじっと扉を見つめていると、 「こんばんは」  声が聞こえた。  振り返ると、白髪の女性。コウダの祖母だ。 「ああ――こんばんは」 「あなたが、ヒヤマさん?」  彼女は優しく話しかけてきた。 「ええ。そう、です。このたびは、――」  頭を下げるヒヤマ。 「こちらこそ、ありがとうございます。本当に、あの子がお世話になって」  彼女はにこやかだった。持っていた杖を受け取って、椅子に座る彼女を手助けした。  隣に座った彼女は言った。 「あの子は、元気にやっていますか」 「ええ、とても」 「あの子は前から、あまり感情を表に出す子ではなくて。娘も苦労していたんですよ」 「そうなんですか」 「でも、実はわかるでしょ? あの子が何を考えているか。しっかり見れば、ちゃんとわかる」  それを聞いたヒヤマの顔が思わずほころんだ。その通りだ。コウダの考えていることは、実はちゃんとわかる。 「そう、ですね。実は表情が豊かだって、僕も知っています」  彼女はそれを聞いて嬉しそうだ。  それから彼女はコウダの幼かったころの話を色々と聞かせてくれた。  あの子はすごく優しい子でね、そんな話を嬉しそうにする祖母にうんうんと頷いていると、 「もう、ばあちゃん恥ずかしいよ」  いつの間にか戻ってきたコウダは照れた顔でそう言った。  そして通夜が終わった。  彼は夜通し線香に火を灯すという。  ヒヤマは少し迷ったが、一人になる時間も必要だろうと自宅へ帰ることにした。  明日の告別式は、本当に親族だけで行うというので、ヒヤマは参列しないことになった。  参列者が帰った、がらんとした斎場。見送りに出口まで来たコウダに手を振って、建物を出て、もう一度振り返った。  まだコウダはそこにいて、ヒヤマに気づくと手を振った。  コウダはとても毅然としていて――頼りになると思うと同時に、ヒヤマは不安になった。  辛そうなそぶりを少しも見せていなかったから。 「おい」  駅前の広場で声をかけられた。  ミナミダだった。服は着替えてきている。  既に夜も遅かったので近場のファミレスに入った。喪服で大丈夫だろうかと思ったけれど、ファミレスには色々な人がいて喪服でもさほど問題はなかった。  向き合って座る。  彼は話題をどう切り出すか迷っているのか、あの時のように黙り込んだ。だからヒヤマから話しかけた。 「今日はありがとう」 「……別に、あんたに礼を言われる筋合いはない」 「コウダも嬉しかったと思う」  後頭部を掻いているミナミダにそう言うと、ミナミダはふう、と息を吐いた。  黙っているミナミダを改めて見ると、以前と比べても随分と疲れが顔に見えているように思えた。  やがてミナミダは話し出した。 「最近眠れなくて」  彼は目元を揉んで、何度か強くまばたきをした。 「あんまり薬には頼りたくないんだ。だって、ずっと眠れていたから」  ミナミダは窓の外を見た。夜が広がっている。 「トモキが近くにいてくれればって思うし、いてくれなくてよかったとも思う」  それはきっと、彼の素直な気持ちだろう。 「たぶん、俺はもっときつく当たってしまう。だから、いなくてよかったと思う」  ヒヤマは目線をテーブルに落とした。 「だけど、だから、もっとトモキとは違うかたちで出会いたかった。そうしたらきっと、もっとうまくやれたから」  出会いも別れも、関係が続くかどうかも、タイミングというものは大事だ。  誰かと一緒にいるということは『たまたま』の連続で、だからこそそれを大事に繋ぎ止める努力をしなくてはいけない。 「あんたが今日、あいつの隣にいるのを見て――もうそこが俺の場所じゃなくなったって思った」 「コウダは、――トモキは、僕の大事なひとです」 「恋人?」  ヒヤマはその問いかけに、しっかりと頷く。 「そ。よかった。安心したよ。あいつをよろしく」  そう言って伝票に手を伸ばしたミナミダの手をヒヤマは制し、 「僕が払う」  そう言った。 「ああ……そう、じゃあ、お願いします」 「それと」 「?」 「君の不眠はまだ軽度だ。改善の余地はあるかもしれない。何かできることがあれば、僕にやらせてくれ。少なくとも相談なら、遠慮なく。――それが僕の仕事だ」  真剣な顔でそう言うヒヤマを見て、ミナミダの顔が綻んだ。 「ありがとう。じゃあ、そのうちに」  彼はそれだけ言って、ファミレスをあとにする。

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